「内緒のおもいで」(キャラ文庫「誓約のうつり香番外編」)
休日に、たまには部屋を掃除するかとチカと言い合い、南は自室のクロゼットを開いた。チカのマンションに越してきて以来、ずっと押し込めていた段ボールが山と積まれていて、早々にうんざりする。
「あーあ……、もうちょっと荷物減らさないとな」
段ボールの側面に「冬物」と書かれたものは、とりあえず無視することにした。「しばらく開けない」と書かれた箱も無視。なにを詰めたのか、自分でもさっぱり覚えていない。
「あ、これ」
顔をほころばせ、南はぐらぐらする段ボールの上から三つ目を用心しながら取り出した。側面には、「アルバム類」と書かれている。
「チカ、高校のときのアルバムが出てきた」
「へえ、ほんとう? 見せて見せて」
別室でやはり掃除していたチカがシャツの袖をまくりながら、笑顔で駆け込んできた。
ふたりしてぱらぱらとめくるアルバムは少しだけ色あせていて、どことなく懐かしい匂いがする。
「懐かしいなぁ。木下、元気かな。あいつ、確かイギリスに転勤になったんだよな」
「そうそう、商社マンだよね。そういえばこっちの本田くんも元気かな。確か鹿児島のご実家に戻って、家業を継いだんじゃなかったっけ」
「あいつんち、確か米つくってるんだよ。今度はがきでも出して、新米を分けてもらうか」
「いいね。やっぱり新米はおいしいもんね」
ふふ、と笑うチカが、「ね、僕の部屋にも来てみてよ」と立ち上がった。
「クロゼットの中を掃除してたら、結構おもしろいものが出てきてさ」
「どれどれ」
廊下を挟んで、チカの部屋がある。南のところよりもずっと綺麗に整頓されていて、なにがどこにあるかひと目でわかる。
「相変わらず綺麗にしてんな」
「片づいてないと落ち着かないんでね。それより、ほらこれ」
壁にかけられた色彩豊かな抽象画を眺めていた南は、嬉しそうな声に「ん?」と振り返り、瞬時に顔を強張らせた。
「な、なんだ……それ……」
「マスクだよ。きみもこういうの、見たことあるでしょう?」
楽しげに笑うチカの右手が掴んでいるのは、艶のあるしっとりした革でできたマスクだ。むろん、軍事用ではなく、どう見ても変な目的にしか使われない代物だ。かろうじて口の部分だけに穴が空いている奇妙なものに、背中をたらりと冷や汗がすべり落ちる。
「そんなのどこで売ってんだよ……」
「ドイツ」
こともなげに言うチカが、「あ、これも懐かしいな」と黒光りする棒のようなものを取り出す。
「これはね、両手を固定させて天井からつり下げるときに使う道具なんだよ。足を固定する棒もセットでもらったはずだから、どこかにしまってあると思うんだけど」
「つり下げるって」
「人間」
さらりとした言葉に本気で眩暈がしてきた。
「あっ、こっちは麻縄か。最近しばらく使ってないな……。こっちはえーと、あ、センちゃん、バラ鞭って知ってる?痛いんだよね、あれ。本気で叩かれるとみみず腫れができるほど強烈なんだよ。でもその痛みがたまらないってひとも多くてね。ふふ」
チカのクロゼットには、どうやらドイツでの思い出がたんまりとつまっているらしい。しかし、南にとってはどれもまったく共感できないものばかりだ。バラ鞭の効用なんて知りたくもないし、「これはポールギャグといって、要は猿ぐつわの役目を果たすんだよ。口のなかにピンポン大のボールを入れて、閉じられないようにするための道具なんだよね」とにこにこしている男から一刻も早く逃げ出したい。
そろそろ後ずさりしたのがわかったのだろうか。思い出の品々からふっと顔をあげたチカがにやりと笑い、ふっくらした官能的なくちびるを開く。
「センちゃん」
「な、なんだよ!」
南は顔を青ざめさせ、床に放り投げられたバラ鞭、マスクを必死に視界から追い出そうとした。
「……あのね、僕はセンちゃんがいないと生きていけないことは知ってるよね?」
「は、はい」
やわらかな声から逃れる術があるなら、誰か教えてほしい。じりじりと迫るチカから後ずさりし、トンと背中が突き当たって振り向けば、壁だ。
――だめだ。もう逃げられらない。
「大丈夫。僕はなにもこれらを使ってきみを可愛がろうと思ってるんじゃないよ」
「ほ……ほんとか?」
「ほんとうだよ」
とろけんばかりの笑顔を見せるチカに、「……そっか、ごめん。ちょっと考えすぎだよな」と言おうとしたときだった。
ぐいっと襟首を掴まれ、有無をも言わさず床に組み敷かれた。
「おいチカ!」
「バラ鞭もポールギャグも麻縄も使わないけど、これならどう?」
眼前に突き出されたものを見て、思いきり目を瞠った。
男の性器そのままをかたどった小道具は艶よし、照りよし、太さよし。長さにいたっては文句なし。しかし、どこかで見たような覚えがあるのは気のせいだろうか。
口をぱくぱくとさせる南に、チカがますます覆い被さってきて頬を軽く触れ合わせてくる。耳元で囁く声は蠱惑的で、身体の隅々にまで浸透していくようだ。
「気づいたようだね。このディルドーは僕のサイズに合わせてつくってもらったんだよ。亀頭のサイズもしっかり合っているから、大丈夫。物足りない思いはさせないよ。ねえセンちゃん、……これ、使ってあげようか。僕はきみの口で可愛がってもらうとして、そのあいだ、これをうしろにはめてあげようか?きっと気持ちよくて泣いちゃうと思うけど。いっぺん僕の前で失神するぐらい感じてみせてよ」
「チカ……おまえ、このバカ! そんなもん使ったら俺のあそこが切れ……っ!」
怒鳴った瞬間にぐっとうなじを掴まれ、くちびるが触れそうになるほどチカが顔を近づけてくる。そうすることで、彼の身体から香るあの甘い匂いが鼻孔をくすぐり、怒るのも忘れてついしがみつきたくなってしまう。
「大丈夫だってば。オイルもちゃんと使うし、たくさんキスもしてあげるし、……ああそうだ。きみの乳首もたっぷり弄って噛んであげるから。最近、ちょっと触っただけで勃起するぐらいだもんね。男であんなに乳首をいやらしく尖らせる子って、僕でも見たことがないよ……。ほんとうにきみは素敵な素材だよ。見た目はこんなに男らしいのに中身はどんどんいやらしくなっていく……。そういうふうに僕が作り替えているんだよね。これって僕のライフワークになると思うな、間違いなく。ねえ、指だけで触るのが物足りないなら、そろそろ専用のクリップを使って開発してみようか」
「ク、クリップ……」
「いまね、銀細工で美しいものが出ているんだよね。乳首を根元から括り出すようなバネ式のものなんだけど、はめた瞬間に射精するほどいいらしいんだよ。淫乱なきみならそういうのも好きでしょう? 大好きでしょう? いいよね? ね? ね? ねっ?」
ここで怒らなければ男じゃない。チカの気が狂ったライフワークなんかにつき合わされてたまるか。なのに、最後の言葉にびくりと反応した自分がどんなに情けないか――神様とチカだけが知っている秘密だ。