「ゼルダフリーク:No.5」(キャラ文庫「誓約のうつり香」パラレル/※チカは出てきますが南は不在です)


 左から、一、二、三、四。
 目の前にずらりと並ぶ男たちを上目遣いに見て、加納恭平は再び手元に視線を落とした。
 ――落ち着かない。どうしたらいいんだろう。
 さっきからもう、十五分もこうしているだろうか。床から照りつけるまぶしいライトのせいで視界は白く輝き、非現実的な空間がさらに強調されて加納をいいように惑わせる。

 四角いプラスティックパネルを綺麗にはめ込んだステージは、ほかの床よりも一段高いところにあった。以前から、ここにあがるひとびとがすることを夢の中の出来事のように見てきたが、まさか、自分が同じ場所に立つ日が来るとは思わなかった。
「加納、恭平さん?」
 艶のある、やわらかな声が聞こえてきて、加納はハッと顔をあげた。プラスティックフロアが放つぎらぎらとした白い光さえも弾くプラチナシルバーの髪の男はにこやかに微笑み、ゆったりした仕草で革のパンツを穿いた長い足を組み替える。着ているシャツは、きっとシルクだ。とろりとした光沢が、なめらかな肌によく似合う。切れ長の威力のあるまなざしとは裏腹に、色気のあるふっくらとした下くちびるが動くことにしばし見とれ、加納はすぐに反応できなかった。
「あなたが今回、選考会を勝ち抜いてきた最後の五人のうちのひとりだと聞いています。このゼルダにはずいぶん前からいらしてくださっているようですね」
「……はい、二年、前から……」
「お年は?」
「三十、二歳です」
「仕事はなにをしてるんだ」
 プラチナシルバーの男の右横に座る男がくわえ煙草で、横柄に訊ねてくる。逞しい体躯を上質のスーツで包み、メタルフレームの眼鏡が彼の冷酷な知性を際だたせていた。


「……学校の、教師です……」
 声がか細くなったのは、演技ではない。聖職にありながら、こんないかがわしい場所に来ていることがもしも学校や生徒たち、親たちにばれたら――そう思うだけで、全身が細かに震え出す。
「そう、不安になられなくても大丈夫ですよ。ここには社会的地位の高い方もたくさんいらっしゃるから。客だけでなく、プレイヤーにもね」


 くくっと笑い、右耳に一粒ダイヤのピアスをはめた男はもう一度足を組み替え、「僕の名前は知っていますね?」と丁寧な口調で訊ねてくる。その甘い声音に誘われ、加納はがくがくと頷いた。
 知らないはずがない。この二年、六本木の片隅にあるビルの地下、老舗のSMクラブとして名高い「クラブ・ゼルダ」に通い続けたのは、目の前で微笑む銀髪の男に憧れていた一心だ。
「チカさん……」
「はい」
 にこりと笑うチカは、ゼルダきってのSMプレイヤーだ。多くの言葉で奴隷たちを引きずり回し、圧倒し、従属させる手腕は、客のひとりとして見ていても頭がおかしくなりそうなほどの蠱惑に満ちていた。誰も彼もがチカの前にひれ伏し、徹底的に虐げられた最後に、彼の靴の爪先に泣きながらくちづける場面を、どんなに羨ましい思いで見てきただろう。
 ――いつか、そのひとりになりたい。チカさんに苛められてみたい。


 客として通ううちに加納は強く願うようになったが、ステージ上にあがれるのは厳選された奴隷だけだと知ったのはいつだったか。
『専用の選考会があるんだ。身元はもちろん、肉体的に彼ら好みじゃないと絶対にむりだってさ』
 顔なじみになった客のひとりから聞かされたときは、絶望的な気分になったものだ。
 どこをどう見ても、自分に誇れるものなどひとつもない。都内私立高校の教師というだけで、顔も身体も地味で平凡。外に一歩出れば、群衆にまぎれてしまうひとりなのだと加納自身が痛いほどにわかっていた。
 ――だから、違う世界のひとたちに憧れるんだろう。俺には、彼らのような勇気がないから。
 自分なんか絶対に奴隷になれない。たとえ、夢の中でもむりだ。
 そう言い聞かせ、客のひとりとしてショウを見るだけで満足しようと努めてきたのだが、三か月前だろうか。実質上、ゼルダのトップ・プレイヤーであるチカみずから、『今回、長いことストップしていた奴隷志願者を募集します』と宣言したのだ。
 それも、チカの凄絶な言葉によるショウが終わったばかりで、興奮冷めやらぬ場でだ。いっせいに客は色めき立ち、皆が皆、固唾を呑んでチカの次の言葉を待っていた。
『ただし、五名だけ。志願者は指定の手続きを取ってください。選考会は二か月後、合格者のみ僕らが個人面談をします』


 ショウの名残か、汗でシャツが張りつく引き締まった身体のチカをぼんやり見上げたあのときの自分には、人生でただ一度きりの勇気が働いたに違いない。
 ――選ばれないことは最初からわかってる。でも、やってみなきゃわからないじゃないか。
 選考会に落ちたところで、どうというわけではない。そもそも教師という立場にある以上、SMなどという極まった趣味に没頭していることは死ぬまでひた隠しにしなければならないのだ。なにかの間違いで奴隷になってしまい、ステージにあがることになったら、大勢の目にさらされ、いたぶられる。そんなことになったら、身の破滅だ。
 だが、自分を戒めるのと同時にどうしようもない快感がこみ上げてくるのはなぜなのだろう。いけないとわかっていて、その道を突き進みたいと思ってしまうものこそ、生まれ持った性癖だ。


 そうして、いま、加納は奴隷のひとりとして選ばれ、プレイヤーだけが集まったゼルダのステージ上で身を縮こまらせていた。今夜のゼルダは休店日にあたっており、客はひとりもいない。つい先ほど、飲みものを運んできてくれたボーイもひとりしか出勤していないらしい。
 だが、どんなに喉がからからに渇いていても、いまなにか飲む余裕など加納には一欠片もなかった。
 ――どうして俺が受かったんだろう。ほかにもきっといい素材がたくさんいただろうに。
「加納さん、さっきからまったく落ち着きがありませんね?」
 そわそわしていたことを笑顔で咎められたことに、加納は顔を強張らせ、「すみません」と反射的に頭を下げた。長いことチカのステージを見てきたせいか、彼の深みのある声にはなぜか逆らえないのだ。
「いいんですよ、べつに怒ったわけじゃない。こういう場に呼ばれて、堂々としている男に僕らは用がないから。ねえ、真柴さん」
「まあな」


 極上のスーツを身につけた眼鏡の男、真柴は、チカと並ぶスター・プレイヤーだ。ある主人が飽きて放り出した奴隷をメンテナンスし、次の主人に引き渡すというバイヤーという役目を持つかたわら、力で奴隷を圧する武闘派のプレイヤーとしても知られており、言葉を巧みに操るチカとは真逆のタイプだ。
「加納、おまえは自分がどうして選ばれたかわかってるか? 奴隷として、最後の五人目だぜ」
 酷な笑い方をする真柴に、本気で、「わかり、ません……」と声が震える。
 真柴のような男は苦手だった。彼に虐げられる奴隷はつねに痣が絶えず、肉体的な苦痛が高いと聞いている。加納も何度か彼のショウを見ていたが、奴隷の受ける痛みが自分のように思えてならず、どうにもつらかった。
 ――俺は違う、……もっとやさしく苛められたいんだ。
 歪んだ望みを口にすることもできずに黙っていると、チカの左横に座る男がたばこをくわえ、マッチで火をともすために顔を傾げる。それからふうっと煙を天井に向かって吐き出し、真柴と似たような冷ややかな笑みを向けてきた。
「最後の五人目っていったら、かなりきわどいラインだぜ。客として俺たちをあがめるか、奴隷として虐げられるか、ぎりぎりのところにおまえはいるんだよ。言うなれば、補欠ってところだな」


 低い声には不可思議な掠れがあり、加納を竦ませる。彼もやはり冷たい印象のする眼鏡をかけ、シャツにネクタイという格好だ。パッと見ただけでは普通のサラリーマンのようにしか思えないだろうが、ゼルダでは違う。加藤という名の彼がここ最近、真柴と対を成す武闘派のプレイヤーとして名をあげていることは、加納も知っていた。洗練された雰囲気で圧する真柴と違い、加藤のほうがもっと野性的だ。男を受け入れるのに慣れていない奴隷のそこを徹底的に調教し、客を楽しませるのが彼の得意とするプレイだ。
「加藤さん、そこまで言わなくてもいいでしょう。可哀相だよ」
「なに言ってんだよ。こういうことは最初に言っておかないとつけあがるだろ」
 やんわりと諭すチカに加藤が平然と言い返す。
 厳しい選考会を経てきても、彼らの前では、奴隷というのはなんの権限も持たない。単なる「モノ」でしかないことを痛感し、加納はくちびるを噛み締めてうつむいた。
 ――どうして、俺はここにいるんだろう。受かったら、すぐに苛めてもらえると思ったのに。


 特殊なライトを浴びて、背中がじわりと濡れてくる。いますぐ、逃げたい。帰りたい、安全な場所へ。地下にあるゼルダの長い階段を駆け上れば、普通の暮らしと普通のひとびとが待つ世界がある。そうわかっているのに動けないのは、平凡な毎日に心底飽き飽きしているというこころもあるからだ。
 教師という堅苦しい職を選んだのは自分だとしても、誰かひとりの男にやさしく、いやらしく苛められてみたいというねじれた望みが消えることはなかった。だから、こそこそと隠れるように仲間を捜し、店を探し、ゼルダに通うようになり、ようやく専属奴隷の立場になろうとしているのに、その前に過酷な通過儀礼があるようだ。
「……最後の五人目。あなたにはね、ほかの四人が持っていないものがあるんですよ」
「……え……」


 やさしい声にうながされて顔をあげると、チカは「成澤さん?」と加藤越しに顔をそらしていた。その仕草につられて視線を戻すと、長い前髪のあいだから鋭いまなざしが見え隠れする若い男が長い足を組み替えたところだった。それからまばたきひとつ、加納と視線を合わせてきて、ふと口元をほころばせる。それだけで、ぞくりとするような淫靡な色気を放つ男は、居並ぶプレイヤーのなかでもっとも最年少だと思われた。二十代になったばかりか、そこらか。


「成澤邦彰さん。加納さんはたぶんまだ知らないでしょう。つい最近、プレイヤー登録されたばかりだから」
「まだ二十歳なんだろ? 大学に通いながらうちのプレイヤーになるなんて、チカ以来だよな」
 一回りは違うだろう真柴の言葉に、成澤と呼ばれた男は「ええ、まあ」とまったく動じない。真っ白なボタンダウンシャツは第一ボタンだけをはずし、しっかりとプレスのきいた濃紺のチェックのパンツという清潔なスタイルは、こなれたプレイヤーたちのなかで妙に浮いていた。
「彼はね、僕が見込んだ男です。この若さで誰よりもいやらしいことを平然と言うし、するし、なにより罪悪感がゼロってところが素晴らしい。加納さん、わかりますか? 人間が動物と一線を画するのは、罪悪感を持つか持たないか――そこです。その点、成澤さんはかぎりなく動物に近い。知性を持つ、動物にね」
 真柴の煙草を奪って一口吸い、チカが深く微笑む。


「そこで、僕らは協議した結果、あなたを成澤さんに預けることにしました。成澤さん自身、まだ新人で、あなたのような未知数を持つ男を扱うのは今後のためになりますから」
「……そんな、俺、……俺はチカさんがいいと思ってたのに……!」
 思わず椅子から腰を浮かせた加納をなだめるように、チカが「落ち着いて」と人差し指をくちびるの前に立てて囁く。
「あなたにはなんの権限もありません。ここでは、加納恭平さんという人格が剥ぎ取られる。あなたは単なる奴隷候補の五番。僕を選べるような立場じゃありませんよ」
 思ってもみなかった突き放した声に、胸がすうっと冷えていく。にこやかに微笑みながらも手厳しいことを言うのがチカの本性だと知ったのは、たったいまかもしれない。
「チカ、さん……」
「最後の五番らしい。さすがに分をわきまえてねえな」
 気が短いらしい加藤が薄笑いを浮かべながら立ち上がり、唐突に加納の髪を掴み上げてきた。
「……ッ!」
「おまえは今日から五番としか呼ばれないんだよ。数字でしかない。成澤の躾けに耐えられなくて脱落する日が来たら、また加納恭平と呼んでくれる凡人どもが待つ世界に戻れる。……いまからでも遅くないぜ。逃げたほうがいいんじゃねえのか?」
「加藤さん、そのへんにしてあげてください。五番は俺の奴隷候補ですから、それ以上加藤さんの味を教えないでください」
 淡々と遮る成澤が近づいてきて、加藤の肩に手を置く。それで、――助かった、このひとは見かけ以上にいいひとかもしれないと思ったのが大間違いだった。


 高圧的な加藤が含み笑いしながら離れ、ほっとするあまり涙を滲ませた加納を眺め回す成澤がゆっくりと背後に回る。
 そこから先はあっという間だった。
 成澤はシャツの胸ポケットから取り出した極細のワイヤーで加納の両脚を大きく広げさせ、椅子の脚にくくりつけた。
「な――っ、……なに、するんですか!」
「俺の五番の味見」
 黒髪をかきあげる成澤はポケットにもう一度手を入れ、銀色に光るバタフライナイフを取り出す。
 ぱちん、と留め金がはずれる音が、どこか遠いところから聞こえてくるようだった。真っ青な顔で硬直するしかない加納の頬にぎらりと輝く刃をあて、くく、と笑う成澤はそのままナイフをすべらせていった。
 ネクタイの結び目ををかいくぐり、ブツン、と糸が切れてワイシャツのボタンが弾け飛ぶ。
 二個目も、三個目も。


「あっ……ぅ……」
 恐怖のあまり、身じろぎもできない加納はただただ目を瞠るだけだった。不用心に動けば刺されるのは間違いない。その証拠に、成澤は楽しげに笑っているだけだ。
 ――罪悪感がゼロ。
 チカの言葉が霞む意識によみがえる。まさか、殺されるんだろうか。いや、そこまでしなくとも、不具にされるかもしれない。
 つうっとすべっていくナイフは器用にスラックスのジッパーを切り裂く。そこでようやく成澤はナイフをしまい、がたがたと震える加納の背後に回って囁いてきた。
「あんたのそこ、見せて。扱いて勃たせてみな」
「……そんな、できるわけな……っ」
「やれよ」


 目にも留まらない速さでナイフを喉元に突きつけられ、悲鳴をあげそうになった。もはや理性はなんの役にも立たず、涙が次々にあふれ出る。
 曇る視界の向こうでは、チカたちが楽しげに見守っていた。
「ほら、やれよ。いつもあのひとたちに苛められたいって思ってたんだろう? ショウを見たあと、いつも自分で弄ってイくぐらいの変態なんじゃないの? オナニーが好きなんだろ、あんた」
「違う、――ちが……」
「俺の言うことに間違いはないんだよ」
 むりやり両手をそこに這わされても、こんな状況で感じられるはずがない。だが、成澤のほうも手をゆるめるつもりはないらしい。慣れた手つきで加納のそこを剥き出しにし、プレイヤーたちに見せびらかす。
「勃ってもないのに濡らしてるよ、こいつ」
 成澤の嘲笑に、全員が声をあげて笑い出した。加納ひとりが悪夢に放り込まれた気分だった。
 確かに奴隷志願をしたけれど、こんな目に遭うとは思っていなかった。
 もっとやさしく、淫らな言葉で絡め取られていきたいと思っていたのに、現実は思わぬ方向へと向かって突き進んでいく。
 ここに来たことをこころから悔いる反面、だが、身体の奥のほうでどうしようもなく熱く滲み出すものがあった。
「……っ……ぁ……っ」


 勃ってもないのに濡れていると笑われた性器に、成澤の指先が触れている。一回りも下で、自分の生徒であってもおかしくない男の指がかすかに動き、先端の割れ目をつぷっと開いただけで、とろっとひとしずく愛液がしたたり落ちた。
「あ……」
「ほら、わかっただろ。……自分がどれだけ淫乱か認めろよ」
 悪辣な若々しい声に、違う、そんなんじゃないと反論しようとしても、くちびるがうまく動かなかった。代わりに、とめどない熱い吐息がこぼれてしまう。しだいに、そこに絡まる自分の指が見えない糸で操られるように動き出した。
 ――こんなの、俺の意思じゃないのに。俺がしたいと思ってることじゃないのに。
 ぬちゅっと音を立てて扱く性器が硬く、濡れていく。
「いつもどうしてる? なにを考えてオナニーしてる? 生徒の顔でも思い浮かべてるのか」
「……っ……しない、そんな……」
「じゃあ、どんなことを考えて自分のチンポをそんなふうにいやらしく扱いてるんだよ。……あんたね、今回の奴隷候補のなかじゃもっとも淫乱だって判断されたんだよ。自分じゃ地味で目立たないと思ってるんだろう。教師って立場だから変な真似もできないと思ってるんだよな。それで? こういうクラブに来て憂さ晴らししてるわけだ。ほんとうは俺たちに突っ込まれてよがりたいんだろ?ここにいる全員に犯されて、ザーメンをぶっかけられながらイキたいんだろ?」
 ぐいっと髪を掴み上げられ、激する感情を浮かべた真っ黒な目と正面からぶつかった。


「言ってみろよ、どうしてほしいか。言えたら願いを叶えてやる」
「……ぁ……――」
 息が止まりそうだった。
 かぎりなく動物に近い、とチカが称賛しただけのことはある。経験を積んですぐれた技能を持つチカたちとはまた違う、獰猛な若さを武器とした成澤の容赦ない言葉に翻弄され、性器ががちがちに張りつめてしまう。ぴんと伸びた皮膚は痛いぐらいで、力加減を間違えばすぐにも達してしまいそうだ。


 ――チカさんたちに犯されたら。俺はどうなってしまうんだろう。みんなが見ている前で、はしたなくイッてしまうんだろうか。ここにいるみんなに輪姦されたいなんて――そんなことをほんとうに俺は望んでいるんだろうか。
「あ、あぁ……っ」
 夢中で自分のそこを弄っていると、成澤がぐいっと頭を掴んでくる。朦朧とする意識で振り向くと、成澤が自分のベルトをゆるめていた。それを見ただけで、頭の中が熱くなってくるなんんて、ほんとうに気が狂ったのかもしれない。
「しゃぶれよ」


 完全に勃起した男の性器を頬に擦りつけられ、泣きたくなってきた。怒張した成澤のそれは先端が大きくめくれあがり、小孔からとろとろとしずくをこぼしていた。赤黒い筋を浮き立たせた太竿は、端正に整った成澤の面差しとは不釣り合いなほどの大きさで、濡れて淫らに光る先端は淡く生々しい肉の色を見せて、ひくついている。
 自分のそこを弄り、加納は恐怖に怯えて泣きながら成澤のものを頬張った。
 最初から腰をぐっと突き挿れてくる男のもので口蓋をいやというほど擦られ、喉が反り返ってしまう。
「んっ……ぅ……」
 くぐもった声をあげた。


 男のものを咥えるのは、これが生まれて初めてだった。ナイフで脅され、強制されているのだからしょうがないと言い聞かせても、じゅぽじゅぽと音を立てて逞しいものを舐めしゃぶっているのは、みずから望んでいることなのかもしれない。
 恥ずかしくてたまらないが、あとからあとからあふれ出る先走りの味がどんどん濃くなっていくせいで、意識が蕩けてしまいそうに感じてしまう。


 ――こんな味がするんだ。男の性器はこんな感触がするんだ……。
 舌の表面で味わう男のものは雄々しくみなぎり、加納が息を吸い込むタイミングを微妙に見計らって突いてくる。なめらかな亀頭がぐちゅぐちゅと出たり挿ったりして息苦しいが、皆の前で足を大きく広げ、自分のそこを小刻みに扱くことも止められなかった。
 喉元にはまだナイフが突きつけられていた。少しでも手が止まったり、熱い肉の塊を奉仕する舌を休めたりすると、鋭い切っ先が食い込んでくる。
 ちくりと刺すような痛みの裏側に、どうしようもない濃密な快感が待っているというのが真実なのかもしれない。


「やっぱり、最後に残しておいただけあったね。ここまで乱れるとは思わなかったな……。真面目な職にあるひとほど、反動が大きいね」
「どうする。成澤の提案どおり、あとで全員でまわすか?」
「もう少し躾けてからのほうがいいんじゃないですかね。せっかくなら、ゼルダのショウに出して、大勢の客の前で輪姦したほうが楽しい。なあ成澤? 五番の羞恥心ってのをもっと鍛えてからのほうがいいよな?」


 くすくすと笑うチカや真柴、加藤たちに視姦されるという底のない快感が、脳髄を深く食い荒らしていくようだった。
 成澤が笑いながら、「ええ」と頷いた。そのあいだもぐっぐっと腰を突き出し、凶器のようにそそり立つ男根で加納の口を犯し続けていた。
 射精には至っていないのに、とろりとした蜜がずっとさっきから加納の口内を濡らし、唾液と複雑に混じって喉をすべり落ちていく。濃くて、甘くて、毒のような蜜だ。
「もう少し……そうだね。こんなのはまだまだ序盤だし。このひと、やさしく苛められたい願望があるって言ってたけど、ほんとうは、こんなふうにむりやり犯されたいんだよ。……ああ、もうイキたいか? だったら、おまえから先にイケよ。奴隷なら奴隷らしく、たっぷり溜めてんだろ。思いきり出してみな」
 ――奴隷なら奴隷らしく。


 その言葉が胸の奥をずきりと刺した瞬間、口いっぱいに押し込まれた肉棒がぐうっと大きくなった。
「ン――ッ……ん、んっ……く……っ!」
 どぷりと放たれた熱い液体が、喉奥まで満たしていく。それと同時に、加納もいままでに味わったことのない強烈な絶頂感に達し、チカたちが熱っぽく見守るなか、大量の白濁を飛び散らせて泣いていた。
 いまはただ、泣くしかなかった。暴かれた欲望は、もうもとに戻らないのだ。



 思いがけない展開で達してしまい、しゃくり上げる加納の身体を成澤が拭ってくれるあいだ、チカたちは楽しげに笑いながら帰っていった。
 ふたりきりの空間は静寂に満たされ、奇妙な安堵感が少しずつ広がっていくようだ。
「落ち着いた?」
 髪をやさしく撫でられ、加納は震えるような吐息をつき、ようやく「……うん」と頷く。
「水、飲んで」
「……ありがとう」
 グラスに満たした水を渡され、ひと息に飲み干すと、痺れていた理性もようやくまともに動き出していく。
「……あんなの、初めてだった……」
「そうだろうね。俺も、あそこまで感じまくる男は初めて見たよ」


 ボーイに持ってこさせたタオルで、精液で汚れた手を拭う成澤の苦笑に、本気で顔が赤くなった。
 プラスティックフロアに成澤はじかに座り、椅子に腰掛けたままの加納を見上げてくる。
「気持ちよかった?」
「……うん……」
 嘘はつけなかった。
 やさしくされたい、誰かに苛められたいという仄暗い欲望を抱き、ゼルダに通い続けた先でまさかこんな目に遭うとは思っていなかったが、成澤との行為でなんとなくわかったことがする。
「もしかしたら……俺は、……ひどいことをされたあとに、やさしくされるほうが好きなのかも、しれない……」
「そういうものだよ、調教っていうのは。飴と鞭を使い分けるのが俺たちの仕事だからね。あなたみたいな淫乱の本性を暴いて、どこまで精度を高められるか。あれでも結構頭を使うんだよ」


 さっきとはまったく違う成澤の丁寧な言葉遣いに、荒れていた胸もだんだんと落ち着いてくる。
 近くで見れば見るほど、成澤というのは独特の硬質な美貌を持った男だ。口を閉ざしていれば内面の凶暴さはまったく表に出てこないが、ひとたび自分のような乱れたものを胸に秘めた男を前にすると、どうにも押さえきれずに力をふるいたくなるのだろう。
「もしかして、フェラチオも初めてだった? 慣れてなかったよな」
「……初めてだった。うまくなかっただろう、……ごめん」
「謝ることじゃないよ。そのへんは俺が今後、ちゃんと躾けていくから。――それで、どうする? いまのところ、あなたはまだ奴隷候補の五番でしかない。これから先、本格的に俺の奴隷になる?」
 傲慢な物言いは、きっと生まれつきだろう。裕福な暮らしをしているのかもしれない。貧しさとはまったく無縁にあるような男を食い入るように見つめる加納は、またもあのじわっとした熱い疼きを頭の底のほうに感じていた。


 ――この男には、身体だけじゃない。意識まで征服されてしまう。ここで、「はい」と頷いたら最後だ。俺は加納恭平じゃなくなって、「五番」と呼ばれるだけの存在になってしまう。でも――でも、そう呼ばれているあいだは、またあんなことをしてもらえる。もっと先のこともしてもらえるかもしれない、もっともっとひどいことを、たくさん。
 教職にありながら、浅ましい愉しみを続けていけるのかどうか、わからない。わからないけれど、ひとつだけはっきりしているのは、成澤という若い男に惹かれ始めているということだ。
「……なります」
「そう、よかった」


 成澤はくちびるの端をゆるくつりあげ、加納の手をゆっくりと掴む。
 手の甲に軽くくちづけるという、なんともこの場にふさわしくない行為に目を見開き、「成澤、くん……」と言いかけたときだった。くちびるを指でふさがれ、「違うだろう?」と危ういほどの黒い煌めきを持つ目が近づく。
「俺は今日から、あなたの主人だよ。あなたは五番、俺の奴隷。奴隷が主人を呼ぶのにふさわしい言い方は?」
「……成澤様」
「そう、今後はかならずそれを守るように。それからもうひとつ約束しておこう。俺はあなたを犯さない。キスもしない。辱めるだけだ」
「……え……」
 そのときの自分は、少しだけ呆けた顔をしていたかもしれない。期待していたごちそうがすっと目の前から奪われてしまったような気分で、ただただ成澤を見つめ続けた。


「いまの言葉の意味がわからない?」
 成澤が深く微笑み、加納の歪んだシャツやネクタイを直し、立ち上がらせてくれた。
「俺はね、もともと直接的な行為を望むほうじゃない。フェラチオさせてザーメンを飲ませるぐらいのことはしてやるけど、アナルセックスはしない。キスもしない」
「ど、……どうして……」
「どうして俺が奴隷なんかに本気で欲情すると思うわけ?」
 声を立てずに笑う男を、信じられない思いで見つめた。それこそ穴があくほどに。
「でも……でもさっき、成澤、……様はちゃんと感じてくれていて……」


「快感っていうのは制御できるものなんだよ。俺はチカさんの言うとおり、かぎりなく動物に近い人間だけど、奴隷の――おまえのここに俺のものを挿れて射精してる暇なんかねえんだよ」
「っ……ぅっ!」
 唐突に尻を掴まれて、痛いぐらいにぎっちりと指が食い込んでくる。
「放せ……! いたい、放して――くれ……!」
「なに言ってんだよ。いますぐにでもここを犯してほしいって思ってんだろ。さっきの俺のアレの硬さも太さも、覚えてるだろ? あれがあんたの奥まで挿ったら……どうなると思う?」
 スラックスの上から這い回る指は淫猥で、むずむずするような疼きを呼び起こす。そのうえ、いったんは締めたベルトをゆるめて手を入れてきて、まだ湿り気を帯びている窄まりの周囲をすうっと撫でていく。
 瞬時に人格が入れ替わるような男を前にして、せっかく穏やかになっていた息が再び荒くなってしまう。


 熱くてたまらない耳たぶをかりっと咬みながら、指の第一関節までずくずくと軽く抜き挿ししてくる男は、これまでに出会った人物のなかでもっとも最悪で、もっとも危険だと気づいたところでもう遅い。
「……男を知らないだけあって、締まりも抜群だ。そのうち、ディルドーを咥え込ませてやるよ。大勢の客の前で、おまえがどうしようもない淫乱だってことを証明してやる」
「ん――ぁ、あ……っいやだ……やめ……っ……!」
「ローションで濡らしてもねえのにぐちょぐちょになってる男が言えたせりふかよ。俺、あんたより一回りも年下なんだぜ? そういう男にここまでされて感じるのかよ、淫乱」


 片方の手で窄まりを弄られ、片方の手で前髪をきつく掴まれてのけぞらされた。しなやかで強靱な肉体を押しつけられる加納は必死に抗ったが、成澤の腕をほどくことはどうしてもできなかった。鍛え方が違うのか、年の差か。それとも生まれ持った性質の違いから来る、力の差なのだろうか。


 硬く盛り上がる彼のそこを下肢にきつく擦りつけられて、またもどろどろした愛欲に身悶えてしまいそうだ。
 こんなひどいことをするぐらいなら、最初から触れないでほしかった。キスもしてもらえない、挿入もしてもらえず、ただひたすら辱められるのが奴隷の役目だと最初から知っていたら、どうしていただろう。
 ――どうしていたんだろう? やさしくされたかったけど、俺はずっと誰かに苛められたかったんじゃないか。それが、こんな形で叶えられている。この若い男のものを口で味わったのに、挿れてもらえないと知ってどうしてこんなにショックを受けるんだ?
「おまえなんかに挿れるぐらいなら、自分でやったほうがずっと気持ちいいんだよ。わかるか? 俺はそこまで快感に飢えてない」
 加納の葛藤を見抜き、成澤は次々に酷な言葉を吐く。笑いながら。


 弄り続けて、ふっくらと腫れていく窄まりを広げ、いますぐにも成澤自身を受け入れることができそうなまでにやわらかくさせても、耳元で囁く言葉はそれをまるきり裏切るようなものだ。
 いまだ濃密な精液の匂いが漂うなか、このままこうしていたら、あらぬことを口走ってしまいそうだ。
 ――犯してほしい。こうしているだけでも、疼いてしょうがない奥までいっぱい、挿れてほしい。
 あふれそうな涙をすんでで堪え、苦しい息のもと、成澤と視線を絡めたとき、彼の中になにを見て取ったのだろう。
 嘲笑か、怠惰か、それとも期待か。


 最後の感情に懸けてみたい。誰にも理解されない感情や感覚を求めて、ここまで来たのだ。
 ――いっそ、奈落までいってやる。
 擦れ合う胸から胸へと、揺らめく炎が乗り移ったのかもしれない。成澤が厳しい目元をふとゆるめて、低く甘い声で囁いてきた。
「……俺を本気にさせたら、いつか挿れてやるよ。それまでは、とにかく飽きさせるな。途中で下りることも許さない」
「成澤……様……」
「どこででも恥ずかしいことをしてやる。とりあえず、次にどうするか教えてやるよ。明日の夕方、学校での仕事が終わったら渋谷の駅に来い。電車の中で、おまえのオナニーを見てやる。最初から下着は穿いてくるな」
「そ……そんなこと、……でき……な……」


 突如、現実的な命令を突きつけられてがくがくと首を横に振る加納に、成澤は「するんだよ」と短く言い切り、キスできるほどの距離で笑いかけてくる。
「俺が言ったことはかならずやるんだ。……おまえの考えることはわかってるんだよ。いまから期待してるんだろう? 混雑してる電車の中で、俺が見ている前で、染みのできたスラックスのジッパーを下ろす場面がおまえにも想像できるだろう? 大勢の人間がいる中でチンポを弄っていやらしい汁を垂れまくりにしてみな。こんなふうに俺の顔を見ながら――そうだ、絶対に視線を外すなよ。俺だけを見ていればいい。でも、おまえのそこをほかの誰かが見てるかもしれないよな。ぐちゅぐちゅ音を立てて扱いて俺に聞かせろ。俺の犬になると誓ったよな? それがうまくできたら、今度は乳首を開発してやる。そこらの雌犬よりもっと感度のいい乳首にして、先っちょがシャツに擦れただけでよがりまくるようにしてやる。そう、それと俺、縛りも得意だから。おまえのここをぎちぎちに縛って射精をコントロールしてやるよ」
「あ、あっ……成澤……様……!」
 淡々としながらも、底に暴力的な熱をこめた声にそれ以上抗えず、狂おしいほどの快感が身体中にほとばしる。
 スラックスの中で、ぎりぎりまで勃ちきっていたペニスの先端からじゅくっと熱いしずくがあふれ出した。


「またイッたのか。少しは我慢しろよ」
「ッ……すみませ、ん……」
 呆れた笑い声がこころを突き刺す。嗚咽を噛み殺すのが、いま加納にできることの精一杯だった。
 ――成澤の言葉だけで達する身体になってしまう。この先、もっと先を知ってしまったら、彼自身に抱かれたとき、気が狂うかもしれない。
 だから、なんだというのだろう? それが知りたくて、選ばれた人間のみがたどり着ける階段を下りて、ここまで来たのだ。
 常識の世界に少しの未練を感じながらも別れを告げて、下りてきた。


 鋭い熱がすべてを制する深い場所へと。
 奴隷になることを求めて、主人となる一回りも下の男の言うことを聞くと誓い、これから先、はしたない媚態をひとつひとつ、身につけていくのだろう。いつか、みずから腰を揺らして、成澤を求める日が来るのだろう。
 ――だったら、いまは泣くときじゃない。


 ひくっと鳴る喉をなんとかなだめて、残り少ない理性をかき集めた加納は成澤をまっすぐ見つめた。
 誰がなにを言おうと、ここから先はすべて自分が選んでいく世界だ。その決意を成澤も読み取ったのだろう。加納の頬を掴んで、不敵な笑みを浮かべた。
「いい目をしてる」
「成澤様……」
 微笑む男の声に偽りない嬉しさを聞き、自然と加納は床にひざまづいていた。
「……あなたの言うことに、従います。俺に、恥ずかしいことをたくさんしてください……」
「ああ」
 傲然と頷く若い男の靴の爪先に、涙を薄く滲ませながらキスしたら。
 支配と隷属が互いをめぐり、縛り合う、終わりのない勝負がここから始まるのだ。