「魔法のくちづけ」(眞鳥×明日叶)


「眞鳥さん、……眞鳥さん?」
 扉を何度ノックしても、返事はない。
「困ったな……」
 眞鳥さんの部屋の前で、俺はため息をついた。
 日曜日の今日、めずらしく一緒に外に出かけようと誘ってくれたのは、眞鳥さんのほうだ。
 たいていのひとはインドアか、アウトドアの二種類で大きく分けられると思うけど、眞鳥さんはどっちかっていったらインドアだと思う。
 ミッションでは一応、前線に出るけれど、慧やディオのようなアタッカーじゃない。
 けっして面倒くさがりっていうんじゃなくて。必要なときに必要なぶんだけ動いて、よけいな体力を使わず、澄ました顔で状況をチェックしている。それが、眞鳥さんのイメージだ。


 だから、休みの日も部屋で本を読んでいたり、お気に入りの温室で昼寝していたりと、のんびりしていることが多いんだけど、陽が落ちるのが遅くなって、少しずつ夏に向かうこの季節、眞鳥さんもちょっと活発になるらしい。
 昨日の午後のミーティングが終わったあと、寮に一緒に戻る間、きらきらした陽射しがあたりを輝かせる並木道で眞鳥さんが楽しげに笑いながら話しかけてきた。
『明日の日曜、明日叶、空いてます? よかったらちょっとオレと出かけません?』
『え、いいんですか? どこに行きますか?』
 眞鳥さんと恋人同士になってから一緒にいる時間は前よりずっと増えたけど、外に出かけるのは結構めずらしい。
『たまには映画でも観て、公園を散歩して、んー……あとは買い物とか? どうせだから、食事も外ですませましょうか。このあいだ、タカからおすすめのフレンチレストランを教えてもらったんですよねぇ。亮一クンからもカレー専門店を教えてもらったんですけど、まあ、せっかくのデートにカレーってのはどうかと思うんで、それはまた今度ってことで』
『デート、って……』


 思わぬ言葉に唖然とした次に、頬がかっと熱くなってしまった。
 そういえば、俺と眞鳥さんって、ちゃんとしたデートをしたことがないかもしれない。いつも、どっちかの部屋で過ごすことが多いから、外に出て、大勢のひとの中にまぎれてショッピングをするなんて、したことがなかった。
 眞鳥さんと、ふたりでどこかに行く。街を歩く。大勢の見知らぬひとの中を、眞鳥さんと肩を並べながらあれこれ喋って歩く気分って、どんなんだろう。
 想像しただけで気分が浮き立ってきて、つい、口元がゆるんでしまう。
『行きたいです。でも、どうして、眞鳥さん、突然デート……なんか誘ってくれたんですか?』
『あー、いえいえほら、オレ、こう見えても王子様でしょ? じつはね、一般的なデートってしたことないんですよぅ。どこへ行くにも、なにをするにしても、親衛隊がついてきちゃうのが当たり前なんで。どっかの国の姫とお茶することはあっても、互いに引きつれてる親衛隊の数がハンパないんで』
 明るく笑う眞鳥さんに、うっかり絶句してしまった。


 そうだ、そうだった。長い髪を揺らして優雅に笑う眞鳥さんは、気さくな喋り方で接してくるから、たまに本当の立場をふっと忘れてしまうことがあるけれど、……このひと、フィトナの継承者なんだよな。
『でも』
 にこりと笑って、眞鳥さんが立ち止まり、俺の顔をのぞき込んできた。
『明日叶とは、いろんなことがしてみたいと思ってるんですよ。……オレを長い時の鎖から解き放ってくれたアンタとすることは、オレにとって、新鮮なことばかりで楽しい』
『眞鳥さん』
 笑っていても、どこか真面目な色を残す眞鳥さんに見入ってしまう。
 遠い遠い昔、時計の針が錆びてしまうほどの遠い昔に一度は滅んだ国の歴史を背負わされ、その重みに投げやりになったこともあったけれど、これから先も受け継いでいこうと覚悟を決めたひとの目は、最初に出会った頃より、ずっと強い輝きを秘めている。
『オレがフィトナの歴史を受け継いできたことは知ってますよね? ひとの口を通じて……さまざまな本から膨大な知識を得て……オレはこの世界を支える軸というか……ほとんどの事柄を知っていると自負していた。今も、その名残はありますよ。アンタには傲慢に見えるかもしれませんけど……。でも、アンタと一緒にいて、ドキドキしたりわくわくしたりするなんてことはどの本にも書かれてなかったし、誰も教えてくれなかった。だから、明日叶、オレとデート、しましょ』
『……はい』
 俺より歳上なのに。俺にはとても想像がつかない重い過去を背負ってきたのに。それを乗り越え、今、ここでこうして笑ってくれていることが俺にはとても嬉しい。


 醒めた笑い方をしなくなった眞鳥さんの自然な笑顔が嬉しいから、『じゃあ、明日、何時に出かけましょうか』とあれこれ話し合った。
 ――でも、そうなんだよな。眞鳥さんって、めちゃくちゃ朝に弱いんだよな。
 一応、朝の十時に出かけようと約束して、俺のほうから眞鳥さんの部屋を訪ねることになっていたんだけど、案の定、眞鳥さんはぐっすり眠っているらしい。
「……眞鳥さん?」
 もう一度呼びかけ、そっとドアのノブを回してみた。鍵は開いてる。
 不用心だぞ、眞鳥さん。夜中に誰か入ってきたらどうするんだ? なんて思ったけど、そういえば昨日、『部屋の鍵、開けておきますから、アンタ、勝手に入ってきてください』って言ってたっけ。
 俺を信頼してくれてる証拠だと思うと嬉しいけど、他のひとが入ってこないともかぎらないんだし……。
 今度、眞鳥さんに頼んで合い鍵をつくってもらおうかな。
 カーテンが閉じられた室内は薄暗く、ベッドがこんもり丸く盛り上がっている。
 足音をひそめて、そっと近づいて。
「……まーとーり、さん」
 毛布の端から見え隠れするさらさらした髪を軽く引っ張って囁いても、穏やかな寝息が返ってくるだけだ。ちょこっとだけ毛布をめくると、熟睡する眞鳥さんの顔が見えた。
 無防備な姿に、思わず口元がほころんでしまった。


 男のひとにしては綺麗だといっても差し支えない品格ある顔立ちで、起きているときはどこかシニカルなものを感じさせる表情を見せることもあるけれど、今、俺が目にしているのは、一切合切の鎧を剥ぎ取ったとても純粋な顔だ。
 ベッドの端に腰掛けて、眞鳥さんの顔を飽きることなくじっと見つめた。それから、頬にかかる髪をゆっくりと梳いた。しなやかで、綺麗な髪は指どおりがよくて、するするとこぼれ落ちる。
 眞鳥さん、今、どんな夢を見ているんだろう?
 気の遠くなるような時間をかけて築いてきた王国の頂点に立つ夢ではなくて、この先、フィトナの血をどうやって未来に繋げていくのか悩む夢ではなくて、たった今という時を感じて、なんの制約も受けないひとりの人間として、平凡で他愛なくてもいいから、穏やかな夢を見ていてほしい。
 それが、中川眞鳥さんとして、この世に生を受けたひとが得るべき当然の権利だと、俺は思うから。
 このひとには、誰よりも幸せで、自由であってほしい。
「……ん……」
 寝返りを打った眞鳥さんにびっくりして後ずさろうとしたけれど、起きる気配はない。
 ……デートできなくても、こうしてそばで寝顔を見ていられるだけで、俺、すごく幸せかも。


 今までずっと神経を張り詰めさせていたひとが、俺のそばで深く眠ってくれているんだ。どこかに出かけなくても、知らないひとびとの中でもひときわ目立つ眞鳥さんの隣に立てることを自慢できなくても、べつにいい。
 俺の知ってる眞鳥さんを独り占めできるだけで、胸が満たされる。
 毛布を握り締める指に、ゆっくりと自分のそれを一本一本絡みつけてみた。どんな夢を見ているのかわからないけど、ぴくんと動いた眞鳥さんの指先が少しだけ強く俺を引き付けるように絡み付く。
 この長い指で、眞鳥さんはありとあらゆる錠前を破るんだ。護身術も身につけているし、鍼がうまいという妙な特技も持っている。
 一国の王子なのに鍵を開けるのが得意で、マイペースで、俺の胸の中にいつの間にかするりと入り込んできたひと。
「……眞鳥さん」
 耳元で囁いてもまだ目を覚まさない眞鳥さんに、信頼されている嬉しさと、なんとも言えないもどかしさがない交ぜになってこみ上げてくる。
 寝顔を見ているだけで胸が甘くせつなく締めつけられるなんて、俺は今まで知らなかった。
 眞鳥さんは深く眠っている。


 それだけ眞鳥さんが俺にこころを許している証かもしれないし、それなら俺だって、今以上にもっと鍛えて、眞鳥さんの真のパートナーになりたい。
 あの遺跡で、すべてのからくりを知って脱力した眞鳥さんの手を掴んだ強さは、一時的なものじゃない。
 眞鳥さんを守る。ひざまずき、永遠の忠誠を誓ってくれた眞鳥さんを、俺はこの先、なにがあっても守り抜いていく。
 胸に固い決意を秘めて、顔を近づけた。温かい吐息が感じられるぐらいの距離で何度かまばたきし、眞鳥さんが息を吸い込んだのと同時に、そっとくちびるを押し当てた。
「……、ん……」
 目を閉じたままの眞鳥さんが軽く眉をひそめる。
 触れるか触れないかの軽いくちづけに、一気に鼓動がはやる。
 俺からキスするなんて、めったにないことだけど、たまには、いいよな。眞鳥さんだって、きっと笑って許してくれる。
 おはようのキスぐらいしたって、罰は当たらないよな。
 こぼれ出る温かい吐息に誘われて、もう一度くちづけた。今度はさっきより長く、眞鳥さんのくちびるの温かさや弾力がくっきりとこころに刻まれるまで重ねて、うずうずする感覚にそそのかされて、甘く吸うこともしてみた。
 たぶん、今の俺、相当、頭に血が上ってる。普段めったに目にしない眞鳥さんの寝顔に誘われて、ちょっとやりすぎてるんじゃないのか



 でも、内緒のくちづけは胸をくすぐらせてくれる。このひとは、俺だけのものだ。起きているときは振り回されてしまうことが多いけど、こんなときだけ、眞鳥さんは俺だけのものでいてくれる。
「……明日叶……?」
 ぼんやりと瞼を開く眞鳥さんにびっくりして、ぱっと飛び退いた。
 ヤバイ。……バレたかな。バレたよな?
 至近距離で視線を絡め合っても、眞鳥さんはまだ寝ぼけているらしい。まさか、寝ている間に俺が枕元にいるとは思わなかったんだろう。ちょっとうろたえた感じで俺を見つめ、「……明日叶?」ともう一度呟く。
「はい」
 ゆるく髪をかきあげ、眠そうにまばたきする顔がなんだか無防備すぎて可愛かったから、俺はちいさく笑った。
「明日叶……、もしかして、今、オレに……キス、しました?」
「はい、……ごめんなさい、黙ってして」
「何回、……しました?」
「え? あ、……ん、……二回、かな……」
「ふぅん……」
 眞鳥さんは眠気の残る目元を擦ってあくびをしながら、指を引っ張ってきた。
「二回ですかぁ……、じゃ、あと一回」
「はい?」


 わけがわからなくて問い返すと、気だるげに微笑む眞鳥さんが俺の指先に顔を擦り寄せてくる。
「あのね、王子を永遠の眠りから目覚めさせるには、三回のキスが必要なんですよぅ。アンタ、二回まではしてくれたんでしょ? だから、あともう一回」
「眞鳥さん、もう起きてるじゃないですか」
「そういう現実的なことは脇においといて。じゃないとー、また寝ちゃいますよ。オレの目覚めが悪いのは、アンタが一番よくわかってるでしょうが」
「それはそう、ですけど、でも……あの、さっきのは、なんていうか……」
「冗談のキスでもいいんです」
 俺の言い訳を封じる眞鳥さんが、長い人差し指で俺のくちびるをそっと押さえ、いたずらっぽくラインをなぞってくる。
 そうすることで、眞鳥さんが好きだという気持ちが俺の胸の中で今以上にもっと強く、熱くふくれ上がる。
 声にできないぶん、眞鳥さんを求める気持ちが強くなるってことを、きっと、このひとは知ってるんだ。
「最初はお試し。二回目は冗談でもすませられる。でもね、三回目になったら、それは本気のキス。アンタ、オレが欲しいんでしょう? オレが好きだから、キスしたんでしょう? だから、……ね? 三回目」
 寝起きのやさしい声でねだられたら、負けてしまう。眞鳥さんが目を覚ましているという事実に顔を赤くしながら、さっきよりも慎重に顔を近づけた。
「……っん、……」
 キスする瞬間、ちらりとのぞいた眞鳥さんの赤く濡れた舌先が俺のくちびるをなぞり、背中がぞくっとするほどの快感がこみ上げてくる。
 たったひとつのキスで、眞鳥さんは俺を変えてしまう。頭のうしろを掴まれて倒れ込んでしまう俺にやさしくくちづけながら、舌先でくちびるの表面をつついてくる。
 じわりと疼き上がる快感を必死に堪えていたけど、キスが抜群にうまい眞鳥さんはくすくす笑うだけで、俺の息が上がり、自然とくちびるが開くのを我慢強く待っていた。
「ん……ん、っ……」


 眞鳥さんにのしかかるような格好なのに、リードを奪われている。ねっとりと舌が絡み込んできて、温かな唾液を交わし合っても、飢えた気分はますます強くなっていく一方だ。Tシャツの上から胸をまさぐられ、ツキンと尖った乳首をやわやわと揉み込まれると腰から崩れ落ちてしまいそうになる。
「ま、とりさん、……ダメですってば、まだ、……朝なのに……」
「だって、先にキスしたのはアンタでしょ、明日叶? ……あー、うん、いい反応。最近のアンタはすごく感じやすくなって、ホント、可愛い」
「……っ、ま、って、待って、そんな……胸、きつく……弄らないで……っ」
「どうして? 乳首をちょっと弄られただけで射精しちゃいそうですか? ふふっ、一度はそういうのもイイんじゃないですか」
「あ、あ……」
 朝から交わすには扇情的すぎる言葉が体温を一気に上げていく。こういうときの眞鳥さんはてらいがなくて、やわらかなトーンと直裁的な言葉で俺を追い詰める。
「明日叶? どうするのがイイですか? 指だけで弄られたい? それとも、噛んだほうがいいですか?」
「う……」
 息を途切れさせる俺に、眞鳥さんが舌なめずりする。
「それとも、アンタが泣くほど舐めまくってあげましょうか。蕩けておかしくなるぐらい。オレのやり方が忘れられなくなって、毎日おねだりしちゃうぐらい」
「眞鳥さん……眞鳥さん……っ」
 囁く間も乳首をつねられたり、こねられたりして、自然と腰が揺れてしまう。Tシャツ越しのもどかしい愛撫が我慢できなくて、でもはっきりした願いを口にするのも恥ずかしくて、必死に身体を押しつけた。すると眞鳥さんは笑って俺を抱き締め、くるりと身体の位置を変えて覆い被さってくる。


 ついさっきまで眞鳥さんが眠っていたベッドに押し倒され、Tシャツがまくり上げられた。ふうっと意地悪く吐息を吹きかけられて、素肌が汗ばんでしまうのが自分でもわかる。
 初めて抱かれたときもそうだったけど、いまだに、裸にされるときの羞恥心は色濃くて、楽しげに翳る顔から目をそらしたくなってしまう。でも、そんな惑いも眞鳥さんにはすべてお見通しみたいだ。
 顎を掴まれ、ぐっと引き寄せられた。
「オレをちゃんと見て、明日叶。どうします? 言わないと、ずーっとこのままですよ」
「ん、な……、ずるい、……っ意地悪い、こと、しないで、ください……!」
「じゃあ、どうしたいですか? オレは、アンタの気持ちいい顔が見たいんですよ。セックスしてるときのアンタって、たくさん喘いで、泣きそうになって、最後は必死にオレにすがりついてくれる。あの顔がたまらなく可愛い。ねえ明日叶、どうします?」
「……っ……ぅ……」
 人差し指の腹で乳首をゆるくくすぐられて、涙が滲むほど感じてしまう。前はこんなふうじゃなかった。胸を弄られても妙な感じしかしなかったけど、今は違う。身体の奥底から鋭い針のような快感が次々に突き上げてきて、言葉よりも先に肌が火照り、眞鳥さんのすることに反応してしまう。
 熱っぽい吐息を胸に感じて、もう耐えられなかった。


「……舐めて、噛んで……ほしい」
「たくさん?」
「……たくさん、……っぁ、あ、あぁ……っ!」
 せっぱ詰まった声で頼み込んだとたん、乳首の根元にぎりっと歯を突き立てられ、強い痛みに身体が跳ねた。でもすぐに、ちろちろと丁寧に舐めしゃぶられて、狂おしいほどの甘い疼きが胸に灯る。
 こんなやり方をするのは、眞鳥さんだけだ。俺は、眞鳥さんしか知らない。この身体が覚えるのは眞鳥さんだけでいい。
「眞鳥さん……もっと……もっと……」
 うわごとのように呟いて、汗ばんだ胸をそらした。楽しげに笑う眞鳥さんはもうすっかり目が覚めているみたいで、執拗な愛撫で赤くふくらんだ乳首を舐り回す。くちゅり、ちゅく、と淫猥な舌遣いが耳に響き、いたたまれない。
「ん……ぁ……っ」


 眞鳥さんの髪がすうっと肌の上をすべっていく。ぎちぎちに張り詰めたジーンズのボタンに手がかかるとき、恥ずかしさのあまり息が止まってしまいそうなのを、眞鳥さんも気づいたみたいだ。顔を近づけてきて、「明日叶」と笑い混じりに囁いてくれた。
「オレがここで、なんか意地悪いことを言うと思います? なーんでこんなにやらしい子になっちゃったんですかねえ……とか、アンタのエロい顔を写メって携帯の待ち受けにしとこうかなーとか、明日叶の可愛い喘ぎ声を録音しておいて目覚まし代わりのアラームにしようかなーとか、そんな意地悪いこと言うように思えます?」
「……っ、もう、全部言ってるじゃないですか!」
 顔中熱くして怒っても、眞鳥さんは声を上げて笑うだけだ。細身に見えて強靱な筋肉を忍ばせた身体で俺を押さえつけてきて、「冗談ですよう」と笑う。
「そうやって、いちいち怒って、いちいち反応するアンタは本当に……」
 言葉の終わりはキスで蕩けて聞こえなかったけれど、下着ごとジーンズを脱がされ、剥き出しにさせられた性器を握り締められたとたん、声が止まらなくなってしまった。
「あ、……あ……っん……眞鳥さん……っ」
 眞鳥さんも素早くパジャマを脱いで、眠りから目覚めたばかりの熱い肌を擦り合わせてくる。
 湿り気を帯びた眞鳥さんのなめらかな肌に爪を立てて、俺は必死にせがんだ。互いに勃起したものを擦り合わせていると、それだけでもう、達してしまいそうになる。


 だけど、最近の眞鳥さんはそれを許してくれない。俺をぎりぎりまで追い詰めて、声も掠れて、本当に涙が滲んでもまだ許してくれなくて、深いところまで存分に繋がってからじゃないといかせてくれない。
 とろっとした滴をこぼす性器を何度も扱かれて、歯を食いしばって耐えた。
「まだ……明日叶、まだ我慢して。オレがアンタの中に馴染むまで」
「う……ん……っ」
 唾液で濡らした指が窄まりの周囲を探り、ゆっくりと挿ってくる。
「は……っ……ぁ……」
 内側で、くっと曲がった指がきつく締まる襞を擦り始めると、嫌でも腰が動いてしまう。もう何度も眞鳥さんに抱かれているけど、最初の違和感はなかなか薄れてくれない。
 けっして、眞鳥さんを拒んでいるわけじゃないのに。いつまで経ってもぎこちない俺に気を悪くしてないだろうか。いつだったか、思い余ってそう口にしたら、眞鳥さんは驚いたように目を瞠って、次の瞬間、嬉しそうに笑って抱き締めてくれた。
『オレね、そーゆーアンタが大好きなんですよ。ねえ明日叶、オレはアンタを抱くのが好きだけど、お互い男なんだから、不慣れな反応を示しちゃうのは当たり前でしょう。もしかしたら、いつか自然とオレを受け入れるようになる日が来るかもしれないけど、そんなのは気にしないで、いいところも、悪いところも、全部オレに見せてください。そうやってこれからもひとつひとつ、まだ知らないアンタを見せて、オレをうんと焦らして、欲しがらせて』
 俺のつたない反応に眞鳥さんが焦れて、欲しがってくれる――そう考えただけで、嬉しかった。追いつけない悔しさは当然あるけど、でも、急がないでいいって言われた安堵感は言葉にできない。


 ただ、素直に感じるままに応えればいいんだ。
 あのときの言葉を形にするみたいに、眞鳥さんは時間をかけて俺の中をねっとりとかき回して蕩けさせていく。
 最初は一本だけ咥えさせられていた指が、二本、三本と増え、ぐしゅぐしゅと音を立てて出し挿れされ、臍にあたるほど反り返ったペニスからもとろとろと先走りがあふれて肌を濡らす。
「指……もぉ、……指だけじゃ……眞鳥さん、も、や、だ……」
「ん……オレも起きたてだから……いつもよりちょっと反応が早いかも」
 苦笑する眞鳥さんが俺の腰を抱え上げ、「いい?」と目顔で訊ねてくる。それになんとか吐息で応えると、硬く勃ちきったものが尻の割れ目を押し開いて、ぬるぅっときつくねじり刺さってくる。
 もう十分指でほぐして馴らされたあとだから、引き裂かれるような痛みはない。そのかわり、熱く大きな芯にずくずくと犯される淫らな感触に甘い声が上がってしまう。


 唐突で強引な挿入じゃなくて、とけ合う、という言葉がしっくりはまるような重なり方だ。
 肌も、息も、重なるくちびるもすべてとけ合っていく。眞鳥さんが少し動くだけで、恥ずかしいぐらいにひくついてしまう。
 きゅうっと奥のほうでも締めつけて、眞鳥さんの息が速くなるのを間近で感じ取った。
「あ――あ、……っ、あ……」
「きっつ……、……ふふっ、いい締まり具合。いい、ですか? 明日叶もいい?」
「ん、いい、……きもちいい……」
 整った顔立ちとは裏腹に、大きく張り出したエラから続く太い竿をゆっくりと押し込めてくる眞鳥さんの額にも細かな汗が浮かび出す。
「ん、ん……くっ……ぅ……」
「全部、挿った……。明日叶の中、熱くて蕩けそう。ねえ、もっとお互いにぐちゃぐちゃになっちゃいましょうか。アンタのここがオレの形を覚えてひくつくぐらい、ずぅっとはめっぱなしにしてあげてもいいんですよ。……オレが、とっくに、アンタに溺れてるってこと、わかってます? よがり狂っちゃいなさいよ、明日叶。オレが見てる前で、全部さらけだして」
「ん……や、……ぁ……っ」
 快感に耽る眞鳥さんが動き出す。脈打つ太いもので肉襞を擦られる快さになんとか動きを合わせ、息を切らした。


 ここは、眞鳥さんがいつも眠るベッド。眞鳥さんの匂いが染みついたシーツに俺は顔を擦りつけて、奔放なまでに大きく足を開かされ、眞鳥さん自身を深々と受け入れて、狂わされていく、揺らされていく、支配されていく――本当に、身体の奥の奥まで明け渡してしまうのが、たまらなく恥ずかしくて、気持ちいい。
 髪を梳いているだけじゃ満足できなくなったらしい、眞鳥さんが頭ごと鷲掴みにしてきて、くちびるを強くむさぼってくる。俺の息が切れてもお構いなしで、とろりとした唾液がくちびるの端から伝い落ちるのを指ですくい、胸に擦り付けてくる仕草のすべてが淫猥で、鮮やかだ。
「ん、ん……眞鳥、さん、……ふ……っ」
 いつも優雅で、どんなこともさらりとかわす眞鳥さんが、俺と繋がっている一瞬に見せる獰猛さに引きずられてしまう。
 普段は誰にも見せない底のない欲望や渇望を俺だけにぶつけてくれるんだとわかると、嬉しくてたまらない。
 ぴんとそそり勃つ胸の赤い肉芽を甘噛みし、ふっくらとしこらせることに熱中している眞鳥さんに、声がどんどん上擦ってしまう。
「眞鳥さ、ん……っ、すごい、いい、……も、……イく……イきたい……っ」
「ん、オレも……アンタの中に出したい。あー……、ホント、明日叶を抱いてると頭の芯まで蕩けてバカになりそ……。まぁ、それもいいですよねぇ……」
「あ、あぁ……や、やっ!」
 凄味さえ感じられる色気を漂わせた眞鳥さんにきつく腰骨を掴まれ、激しく、大きく揺さぶられて、突いて、突いて、突きまくられた。こんなにされたんじゃ、本当に眞鳥さんを忘れられなくなってしまう。身体中の隅々まで眞鳥さんを覚えきってしまう。


 犬みたいな格好もさせられて、腫れぼったく潤んだ肉洞をうしろから、柔らかに、強く、激しく、ずるく抉って突き上げてくる眞鳥さんに啜り泣いた。
 徹底的な快楽を愉しむ眞鳥さんから逃れる術はない。もう一度正面から貫かれて、振り落とされないように首にしがみついて、あられもなく悶えるしかなかった。
 キスが欲しくて顔を近づけると、眞鳥さんも深く覆い被さってくる。いつもは余裕のあるにこやかな顔が、このときだけは、とても真剣なものになる。
「……ん、ん……っ!」
「明日叶……」
 せっぱ詰まった声に神経という神経がヒートしてしまう。
 くねる舌から滴り落ちる唾液を何度も飲み込んでも、まだ足りない。欲しくて欲しくてしょうがない。
 さらさらした眞鳥さんの髪が幾度も肌に触れ、遠ざかる。
 キスを繰り返すたびに近づく、心を騒がせずにはいられない瞳。過去に折り合いをつけ、「今」と、「俺」と、歩調を合わせることを選んでくれた眞鳥さんだけが持つ深みと色気が混じる瞳に射抜かれると、虚勢を張ることもできない。
「眞鳥さん……欲しい、まだ、もっと……欲しい……っ……」
「ん、いい答え」


 荒っぽい息遣いの眞鳥さんが根元まで埋めてきて、全部挿っていることを俺にわからせるように、尻をぐっと掴み上げる。
 そうすると、俺を征服している熱い塊が内側でより硬く盛り上がり、眞鳥さんとひとつにとけ合っていることをはっきりと伝えてくる。
「オレの全部……受け止められます?」
「ん、――ん、はい……」
 きわどいところまでせり上げられた快感にただひたすらこくこくと頷くと、眞鳥さんは満足そうに笑う。その微笑みも、心が繋がってから見られるようになったものだ。
 複雑な肉襞が眞鳥さんのすべてを覚え、もの欲しげに蠢いてしまうのを自分でも止められない。気持ちよくてどうしようもない。俺を絶頂に追い詰める眞鳥さんを止めようにも止められない。
「や、も……イく……っ……!」
 背中に爪を立てて引っかいたとたん、懸命にせき止めていた快感がどっとあふれ出し、たまらずに放った。それに合わせて眞鳥さんも息を詰め、俺と深く繋がったまま逞しい胸をそらして、たっぷりとした熱い精液を撃ち込み始める。
「あ……――あ、……っ……あぁ……」
 射精されている間、何度も何度も、眞鳥さんの背中を強く引っかいた。
 それで眞鳥さんが痛がって呻いても、俺は構わない。幾筋も残る赤い痕が、俺の欲望の証だから。
 もっともっと俺を濡らして、眞鳥さん、もっともっと忘れられないほどに。夢に見るほどに。


 爪痕は数日経てば消えてしまうけれど、そのときにはまた、こんなふうに抱いてもらって、新しい痕をつけ直すんだ。
 このひとは俺だけのもの。
 誰にも触らせない、渡さない、目にも触れさせない。
 達したばかりの陶酔感と、目も眩むような独占欲は隣り合わせだ。
「――明日叶?」
 まだ俺の中に挿ったままの眞鳥さんが、微笑みながらこつんと額をぶつけてきたことで、はっと我に返った。
 俺の中に棲む、怖いほどの独占欲に、眞鳥さんは気づいているだろうか。
 自分でも制御できないこの気持ちを、どうしたらいいんだろう?
「大丈夫、わかってます」
「……え?」
「アンタがなにを考えてるか、だいたいはわかってます。欲しくて欲しくてたまらない気持ちとか、どんなに抱き合っても言葉を交わしても、ひとりになったときに、胸のここがキュッと引きつれる感覚とか」
 そう言って、眞鳥さんは自分の左胸を親指でトンと指す。
 なにひとつ取りつくろうことなく、飾ることもしない、素顔の眞鳥さんだ。


「明日叶がなにを考えてるか、だいたいわかってます。でもね、やっぱり、大事なことはちゃんと口にしてほしいんですよ。聞き飽きたー、なんて、絶対に言わないし、思わないから、言ってごらんなさいよ」
「眞鳥さん……」
 想いは伝わってる。絶対に。そうだとしても、やっぱり言葉にして伝えたい。
 まだ熱が引かない身体を押しつけて、眞鳥さんの耳を囓るようにして囁いた。
「俺、眞鳥さんが好きです。大好きです。だから、今度は……」
「今度は? なんですか?」
 いつか言ってみたいと思っていた言葉をいざ口にしようとなると、やっぱりためらってしまうけれど。
 首を傾げて微笑む眞鳥さんを見ていると、俺も、もう一歩先に進みたい気持ちに駆られる。
 眞鳥さんとまったく同じやり方ができるかどうかわからないけど、俺は俺なりに眞鳥さんを愛したい。
「……今度は、俺に、させてください。眞鳥さんのこと、もっと知りたいから、今度は俺が……」
 消え入りそうな声をちゃんと拾ってくれた眞鳥さんが楽しげに笑って、俺の頭をくしゃくしゃとかき乱す。
「んじゃ、どうぞ、アンタの好きなようにしちゃってください。オレも、アンタがどれだけオレを愛してくれてるのか知りたいし。……今日はもう、このままずっとベッドの中で過ごしちゃいましょうよ。映画デートはまた次ってことで」
「それはいいですけど、お腹が減ったらどうするんですか」
「んー、食堂に電話して、なんか運んでもらいますよ。あ、そのときにアンタとやってる最中だとしても、オレは構わないんで」
「いえ、あの、俺はちょっとそこまでは……それに、もし誰か訪ねてきたら」
 突拍子もない言葉に焦っても、眞鳥さんはびくともしない。
「えー、せっかくオレとセックスしてるのに途中でやめるんですかぁ? いやですよぅ、そんなの。亮一クンやディオが訪ねてきても、オレはアンタを離しません。タカがいきなり部屋に入ってきても、オレはアンタとやってると思うけど」
「え、……えっ、でも、それは、あの」
 本気で焦る俺の額に、眞鳥さんが軽くくちづけてきた。


 それから髪をかき上げ、俺の一番好きな笑顔を見せてくれる。
「だーいじょうぶ。アンタのことはオレが全力で守りますよ。オレたちがやってるってバレても、アンタの色っぽい顔はオレが隠してあげます。ていうか、誰にも見せてあげません。そんなもったいないこと、オレがするわけないでしょ?」
「……もう、眞鳥さんったら」
 眩しい光が射し込む部屋の中、俺たちは笑い合い、毛布の中で手足を絡み付け、鼻先に、顎に、そしてくちびるにキスを繰り返した。
 いつまでもいつまでも、こんなバカバカしいやり取りをしていたい。
 素肌のままでじゃれ合って、嘘をつく暇もないぐらいに抱き締め合って、たくさんのキスを眞鳥さんとしよう。
 もっと深くて、互いに離れられなくなる次の熱を呼ぶために、三回目の、本気のキスを。