「それが本音」(「TIGER&BUNNY」虎徹×バーナビー)


「あー……つっかれたぁー」
「最近多いですね、それ。歳なんじゃないですか」
 メットを脱いでうなじに張り付く髪をかき上げるバーナビーの辛辣な言葉に、早くもベンチに座ってアンダースーツを脱ぎかけている虎徹は苦笑している。朝の四時半、オフィスのロッカールームはふたり以外誰もおらず、静まり返っている。
「そりゃ疲れるのも当然だっつうの。ここ最近、ダウンタウンで不審火が続いてるだろ。しかも真夜中ばっか。こっちは仕事が終わってやっと寝付いたとこを叩き起こされるんだからたまんねえよ。もー完全に寝不足。そういうバニーは? 仕事中、眠くなんねえのか」
「なりません。もともと寝起きはいいほうですし、日中も仮眠を取れるときは十分ほど寝ていますから、仕事に支障をきたすことはありません」
「さっすが、いまどきの若者は違うねえ。あー……シャワー浴びたらもうここで寝よっかな。うちに帰んのめんどくせえ」
 言いながらベンチにごろりと寝そべる虎徹に驚き、バーナビーは振り返った。


「だめですよ。こんなところで寝たらもっと疲れるだけでしょう。それに」
「それに、なんだよ。えっ? もしかして俺の心配してくれちゃう? なっ、なっ」
「ここで寝るのは他のひとに迷惑だからやめてほしいというだけです。なにが心配ですか。ばかばかしい。なんでもかんでも自分の都合のいいほうに取らないでください」
「ちぇー。ちっとは心配してくれたっていいじゃんよ。能力減退が始まってからこっち、なかなかコンディションが維持できなくて俺もホント困るよな。ま、慣れだよな、これも」


 鼻歌をうたいながらシャワーブースに向かう虎徹の背中を、バーナビーはもどかしい思いで見つめていた。
 ネクストの象徴とも言うべき能力の減退により、二部リーグ落ちを余儀なくされた虎徹の相棒として前線に戻って早数か月が経つ。
 いまのところ、虎徹の能力はぎりぎり一分保っているが、いつまたがくんと調子を崩すかわからない。深夜に無理やり起こされて現場へ急行するのは、ヒーローTVでの視聴率稼ぎより、早期の事件解決を求められているからだ。
 市民が寝静まったあとに起こる揉め事は、よほどの大事件ではないかぎり二部リーグがそっと片付ける。それがこの業界での暗黙の了解だ。


 ――そのことに不満はない。ヒーローとして動けるならどんな場所でも構わない。でも、虎徹さんの身体がいつまで保つのか。
 虎徹の隣のシャワーブースに入って熱い湯に打たれ、「あの」と声を張り上げた。
「……もしよかったら、このあと、僕の家に来ませんか?」
「へ、なんで?」
 頭を泡だらけにした虎徹が背伸びしてブースの間仕切りからひょいと顔をのぞかせてくる。
「ここから、ブロンズステージにあるあなたの家に戻るのは遠いし。お腹も減っているでしょう。なんか作りますよ。今日は確か、夕方からトレーニングセンターで一部と二部リーグ両方のテレビインタビューがあったはずですから、少しでも身体を休めておいたほうがいい。ソファベッド、貸しますから」
 親切心から言ったのに、返ってきたのは無言だ。


「虎徹さん?」
 なにか気を悪くしただろうかと不安になってブースを見ると、気難しい顔の虎徹が上向いてシャワーを浴びているところだった。細かな飛沫が褐色の張り詰めた肌と黒い髪を弾いている光景はなんだかひどく扇情的だ。逞しい喉仏を伝い落ちる幾筋もの滴につい見入り、いたたまれずに顔をそらした。
 男臭さが際立つ虎徹と肉体関係を持つようになったのは、ごく最近だ。もとから、虎徹はボディコミュニケーションが多いほうだ。けれど、性的な意味合いでの接触は当然なかった。
 さまざまな事件とステップを経て、男同士だとわかっていても、互いにより深く胸の裡を明かすために肌を重ね合う段階が来たとき、バーナビーは驚きよりも、むしろ自然な感情で虎徹の背中を抱き締めることができた。
 いままで生きてきたなかで、いちばん大切なひとだと思える相手に身体をゆだねることに、幾分かの照れくささと困惑はあったけれど、迷いはなかった。


 互いに、とても大事ななにかが欠けている。言葉にすると幻滅してしまう感情かもしれないから口にはしないが、瀬戸際に追い込まれてもなお立ち上がる虎徹の強い意志にバーナビーはなによりも惹かれていたし、虎徹もなにがしか想っていてくれるからこそ、ただの相棒以上の気持ちを持って抱き留めてくれるのだろう。
「あの、虎徹さん、いやだったらべつに……」
 断ってくれて構わない、というバーナビーの言葉を遮って、「行く」と虎徹がぼそりと言う。それから扉の外のフックにかけてあったバスタオルで頭を乱暴に拭き始める。
「腹が減って死にそうなんだよ。昨晩からなんも食ってなくてさぁ」
「……なんだ。最初からそう言えばいいのに」
「炒飯、食わせてくれよ。あれから練習したか?」
「当然です。あなたの作る炒飯よりずっと美味しくできるようになりました」
 ほっとしたバーナビーは笑って上向き、瞼を閉じて熱い飛沫を全身で受け止めた。


 家に招くのは久しぶりかもしれない。
「ソファに座っていていいですよ」
「や、俺も手伝う手伝う。せっかくだしさ。俺が伝授した炒飯がどうなってるのか現場を見たいし」
「野次馬ですか、あなたは」


 呆れてため息をつくバーナビーはキッチンの入り口に掛けてあるエプロンを身に着け、冷蔵庫からたまごやえびを取り出している間、虎徹は我が物顔で中華鍋を手にしている。
「やっぱ、俺のとは違ってまだまだ新品だよな。こういう鍋って使い込めば使い込むほどいい味になるんだよ」
「とかいって、この間作ってくれた炒飯には焦げがあったじゃないですか」
「あれもうまみ成分のひとつだって。……ていうか、おいバニー、なにそんな真剣に計ってんだ? 顔、怖ぇぞ」
「必要以上の塩と油は素材をだめにします。身体にもよくない」


 目を眇めて計量スプーンに正しい量の油を落とした。どこの料理本を見ても「塩ひとつまみ、仕上げに胡椒をぱらっとまぶす」とおおざっぱに書かれているのが気に食わない。ぱらっと、なんて杜撰な指示は見たことがない。
「ひとそれぞれ、指の太さが違うんだから、何グラム必要なのかはっきり書いてほしいもんですね」
「化学の実験かよ……」
 今度は虎徹が呆れるばんだが、知ったことか。虎徹が適当に作った炒飯がとても美味しくて、あれを自分でも再現しようと何度も試みたのだが、いまだにうまくいったためしがない。ならば、とありとあらゆる炒飯の作り方が載っている料理本を買い込み、ネットでも調べて、結局、あちこちから寄せ集めた知識で、油も塩も、鶏ガラスープもできるだけ正確な量を量って用意するようにした。


 炒飯でいちばん難しいのは、ごはんから適度に水分を抜く段階だ。隣で虎徹はおもしろそうに様子を見守っていたが、今日の炒飯を会心の出来としたいバーナビーは口を開く余裕もない。
 この日も苦心して中華鍋を操り、たまごがいい感じにふんわりしたところで用心深く火を止め、素早く皿に移し替えて虎徹に押しつけた。
「できました。早く食べてください、早く。炒飯は熱いうちに食べないと」
「わかったわかった」
 いまにも吹き出しそうな虎徹とリビングに戻った。ソファに隣り合って座り、湯気が立っている炒飯を一口食べてみた。
「うん、ウマイ」
「……美味しくない」
 がっくりと肩を落とすバーナビーとは正反対に、虎徹は「ウマイウマイ」とあっという間に平らげた。
「ごはんがぱらっとしてないし、たまごも水分が飛んでない」
「そうか? こんだけできてりゃ上出来だろ。あーうまかった、ごっそさん!」
 気を遣われているのかと思うと情けない。


「……空腹は最良の友って言いますもんね。いつになったら僕は虎徹さんみたいな炒飯が作れるんだか」
「ホントに美味しかったって。自分の味に厳しいのはわかるけどよ。俺の炒飯を丸ごと真似る必要はないだろ。これ、俺のために作ってくれたんだろ?」
 満足そうに腹を撫でている虎徹がのぞき込んでくるので、「まあ、そうです」と無愛想に答えた。すると虎徹は嬉しそうに笑い、バーナビーが手にしていた皿とスプーンを取り上げる。
「おまえの真面目な性格が反映された炒飯じゃねえか。俺にしたら世界一ウマイ。もし、バニー自身があんまり美味しくないと感じるんなら、ちっとばかり余裕と遊び心が足りねえのかもな。ほら、口、開けてみ」
「え?」
 にこにこする髭面の男が炒飯を盛ったスプーンを突きつけてくることに、ぎょっとしてしまった。
「食わせてやっから、口、開けな」
「いやです。子どもじゃないんですよ」
「わかってるって。いいから、とりあえず口開けろ。騙されたと思って、俺の言うまま食べてみ。絶対ウマイから」
 なにを言ってるんだこのひとは、と懐疑的な目を向けてしまった。間近で虎徹が笑っているだけで、落ち着かない。
 熱い炒飯で火傷しないようにふうふうと虎徹はスプーンを冷まし、「あーん」と言う。バカじゃないのかと怒鳴りたいが、仕方なく口を開いた。スプーンの先がかちんと歯にあたる。


「……あ……」
 さっきよりずっと美味しい炒飯に目を瞠った。冷めたことで味が落ちると思っていたのに、逆だ。ごはん粒にえびの旨味がしっかり行き渡り、噛み締めるたびに美味しい。仕上げの胡椒も生きている。
「なんでですか。さっき食べたときはこんな味しなかった」
「んじゃ、もう一口。あーん」
「それ、やめてくださいよ」


 ふてくされながらも、二口、三口と続けて食べさせてもらった。間違いなく美味しい。虎徹にうながされるまま、全部平らげてしまった。
「どうして……味が違うんですか。なにか混ぜたんですか?」
「なーんも。混ぜたとしたら、俺のありあまる愛情かもな。って怒るなよ、マジで言ってんだって」
 ぎらっとした眼差しを受けて、虎徹が笑い出す。
「自分のためにしか作らない料理は、まあまずくはないけど、死ぬほどウマイわけじゃないよな。でも、誰かのためを想って作ってるなら、ちょっとぐらい調味料の量を間違っても愛情でカバーできるだろ」
「でも、これは僕が作った炒飯です。さっき自分で食べたときは全然美味しくなかった」
「俺がふーふーしてるの、見ただろ」
「見ました」
「どう思った?」
「恥ずかしいことをするひとだなと」
「それだよそれ。俺がおまえを想ってちょっとした手間をかけてる場面を見た瞬間に、おまえの中で、これはただの炒飯じゃなくなるんだ。俺がバニーをどれだけ好きで一緒にいたいって思ってるかが通じたから、炒飯が美味しく感じられたってことだ。大事なのは愛情だろ?」
「……また、そういうことをさらっと……」


 好きだとか一緒にいたいとか、どうしてこうも簡単に口にするのだろう。耳が熱くなるのを感じて身体を離そうとしたが、虎徹のほうが早かった。空いた皿をテーブルに戻してごろりとソファに寝そべり、バーナビーの膝に頭を乗せてくる。
「ちょっと! なんなんですか!」
「腹一杯だー。なぁバニー、耳かきしてくんね?」
「は? なんで耳かきなんか」
「自分じゃうまくできないんだよ。なんかこう、むず痒いのがずっと続いててさ。手先の器用なおまえなら耳かき、うまそうだし。たまには甘やかしてくれてもいいんじゃね? こっちは老体にむち打って頑張ってるんだしよ」
「都合のいいときだけ年上っぽい発言をして同情を買おうっていうんですか? だいたい、耳かきの道具はここにありませ……」
「て言うと思って持ってきた。ほら」


 虎徹がスラックスのポケットから折り畳み式の耳かきを取り出す。
「……用意周到すぎですよ」
「たまにはいいじゃん」
 へへ、と笑いながらバーナビーの腿に頭を擦りつけてくる虎徹の子どもっぽさをなじりたいが、さっきの鷹揚な態度を思い出すと怒りの矛先が鈍る。
 ――ほんとうに不思議なひとだ。見た目はいい大人なのに、やることがたまに幼稚すぎる。でも、このひとの言葉はいつも真実を突いている。だから、目が離せない。こんなふうにくつろいでくれるのは、さまざまなことを分かち合ってきた僕の前だからだ。きっとそうだ。
 虎徹がもぞもぞと動くとくすぐったくてたまらないので、「左側、見せてください」と言って頭を押さえた。耳かきぐらいで気をよくしてくれるなら安いものだ。


「虎徹さん、炒飯はいつ頃から作っていたんですか」
「んー、結構昔だな。ガキの頃から作ってたかも。うち、親が忙しかったんだよ。子どもだけが余り物でちゃちゃっと作れるものっていったら、やっぱ炒飯だろ」
 なにが可笑しいのか、虎徹の低い笑い声が服を透かして肌にまで染み込むようでそわそわしてしまう。
「炒飯以外に得意な料理は?」
「炒飯かな」
「だから、それ以外。もう左側はいいです。右、見せてください」


 右側の耳を見せるために虎徹が身体をひっくり返したとたん、腰に両腕が巻き付いてきて驚いた。
 見上げてくる虎徹の目の底に鋭い光が宿っていることに、体温が跳ね上がる。
「炒飯以外に得意な料理なんかねえよ。どっちかって言ったら食う専門だし」
「ちょ、……、なにして……虎徹さん!」
 腰の部分、もっとはっきり言えば股間に頭をぐりぐりと押しつけてくる虎徹を慌てて押しのけようとしても、ぎっちりと腰に回った両腕は振り解けない。ハンドレッドパワーだけに頼らず、最近の虎徹は身体そのものを根本から鍛え直している。それをまさか、こんな形で思い知ることになろうとは。
「おまえを食わせろよ、バニー」
「な……!」


 唐突になにをするんだと抗ったけれど、Tシャツの裾をまくり上げられて湿った肌にふうっと息を吹きかけられ、臍のくぼみを尖らせた舌先でちろちろと舐め回されるともう力が入らない。
 あ、あ、と声にならない吐息を漏らし、バーナビーは上体を折り曲げた。臍を舐められたぐらいで感じるなんてどうかしている。そう思うけれど、くにゅりと這い回る熱い舌がもたらす焦れったい心地よさに意識がぐずぐずと蕩け出す。
 それでも、ただ流されるのがいやで、虎徹をきつく睨みつけた。
「空腹が満たされたら、次はセックスですか? わかりやすすぎですよね。……ここにいるのが僕じゃなくても手を出してそうですよね」
「本気でそう思うか?」


 一瞬真顔になった虎徹の骨っぽさに息を呑む。獰猛な視線は混じり気のない欲情と言葉にはならない真摯な想いを孕んでいる。
「本気で俺が他の奴にも簡単に手を出すような男だと思ってんのかよ。おまえは遊びで、こういうことができんのか?」
「虎徹さん……ぁ、ぁ……待っ……!」
 骨ばった指がジッパーを一気に引き下ろしてきた。突然のことに反応できない柔らかな性器を露出させられる恥ずかしさに奥歯を噛みしめても、節が目立つ指がそこに巻き付き、先端の割れ目を押し広げられるといやでも声が止まらない。
 虎徹が顔を押しつけてくる腰が熱く疼き、じっとしていることもできない。
「ん、ン――、は……っぁ……」
「美味そうな身体しやがって……目の毒なんだよ」
 唸るように言う虎徹が、剥き出しにした敏感な粘膜を抉るようにくちゅくちゅと舐り回してくる。露骨な愛撫にたちまち下肢が硬くなるのが悔しい。


 唾液にまみれた肉厚の舌をわざと見せつけるようなやり方にバーナビーは喘ぎ、虎徹の髪をぐしゃぐしゃに掴んだ。
 痛がってやめてくれればいいと思う反面、身体の最奥に溜まるどろりと濃い蜜を吸い取ってほしくて、無意識に腰を突き出してしまう。感じやすい筋をねっとりと舌が這い、腫れぼったく尖る乳首をこね回されることで、あえなく暴走しそうだ。
「あぁ……っぁ……、もぉ……いく……」
「出せよ。溜めてんだろ」
「顔、離し……っ……」
「だめだ。このまま俺の口の中に出せ」
 咥えたままの虎徹に先端を、甘く、きつく、吸われることに我慢できず、バーナビーはびくんと身体を反らして吐精してしまった。
「んんっ……!」
 射精している最中も陰嚢までぐちゅぐちゅと舐り転がされ、多すぎる唾液が窄まりにまで伝い落ちていくことで、よけいに疼きがひどくなる。


 虎徹の喉仏が何度も動くのをはっきりと見てしまい、顔中が熱くなるほどの羞恥を覚える。なにを好き好んで男のものなんか飲みたがるのか、さっぱりわからない。だけど、もしも虎徹のものが目の前に突き出されたら、自分もきっと同じことをしているはずだ。彼よりずっとへたくそだろうけれど、露骨な舌遣いでむしゃぶりついているはずだ。
 一度達して満たされたはずの身体だが、虎徹がしつこく撫で回してくることで隠微な熱を持ち、腰が浮き上がってしまう。泣きたいわけではないのに、目頭が熱い。


 ――これだけじゃいやだ。このままじゃ終わらないはずだ。
 身体を起こす虎徹に思わずしがみつき、なんとかしてほしいと目で訴えたのが伝わったのだろう。
 虎徹がにやっと笑い、バーナビーの手首を掴んできた。
「欲しいんだろ? 欲しいよな」
「う……」
 ずるい声で囁く虎徹のスラックスに手をあてがわされた。ぐっと盛り上がる熱の塊を少しずつあらわにしていく間、期待してしまうようにごくりと喉を鳴らす自分がどれだけ物欲しそうな顔をしているか。もし知ることができたら目の前の男を突き飛ばしていただろうが、くちびるを優しくふさがれることでバーナビーも夢中になって舌を吸い上げ、ぎこちない手つきで虎徹の服を剥いでいく。
 ソファで抱き合うには狭すぎるので、もつれ合うように床にずり落ちた。
 少し前、シャワーを浴びていたときに見た浅黒い肌がうっすらと汗をかいてのしかかかってきた。


「ん、ん」
 胸に吸いついてくる虎徹が、濡れた指先で窄まりを探ってくる。過去に数えるぐらいしか抱き合っていないだけに、簡単に身体は開いてくれない。
「やっぱ、きついよな」
 どこか満足そうな声音の虎徹に腰を掴まれたかと思ったら、いきなりひっくり返されて、四つん這いの格好で尻を高々と上げさせられた。
「もっと濡らしたほうがいい」
「な……っやめてください、こんなの……!」
 尻たぶを思いきり両側に開かれて、ひくつく孔に錐のような舌先がねじり込んできた。慣れていない内側を潤すローションが寝室にあると息も絶え絶えに言ったのだが、直接舐め回してくる虎徹の熱い舌の感触にとうとう啜り泣いた。
「あぁ、あ……ん、ん、やだ……いやだ……」
 ぬるつく舌の先から滴り落ちる唾液が孔の中に落ち、身体中を満たしていく。


 柔らかい舌で抉られるだけでこんなにも感じていたら、このあとどうなるのか、自分でもわからない。唾液を助けにして、指が二本まとめて挿ってきたときも、バーナビーは軽く達していた。
 上向きに擦られると、全身が震え出すような快感が押し寄せてくる。前を弄られて達するのとはまったく違い、ひたすらわななく内側を太く硬いもので擦ってもらうことで得る熱い絶頂感は、虎徹に抱かれるようになって初めて知ったものだ。
 指が与えてくれる快感がしだいに物足りなくなってきて腰を振ると、背後で虎徹が低く笑うのが聞こえた。
「いい感じに開いてきたぜ、バニー。指を抜いても孔がひくひくしっぱなしだ。おまえの中、すげえやらしい色してる」
「言わな……っ……ん、あ――あ……!」


 ずくんと腹の底にまで響くほどの勢いで剛直を突き込まれ、悲鳴のような声を上げた。
 狭すぎる孔で虎徹のものを受け入れるのは苦しい。けれど、頭の中までみっしりと熱い肉棒で犯されるような圧迫感が、強烈な快感へとすり替わる。
 経験の浅い身体を気遣ってか、虎徹は深々と埋め込んだところで動きを止め、互いの皮膚が柔らかに蕩け合うのを待っているようだ。
 じっくりと穿たれたまま卑猥に揺さぶられると、下腹が重く、狂おしい熱を帯びて疼き、指の先まで燃え出しそうだ。
「う、動いて……このままじゃ……」
「まだだ。まだ馴染んでいないだろ」
 そう言う虎徹が中に埋め込んだ先端でぐりっと最奥を突いてきて、バーナビーをはしたなくよがらせる。熱の薄い膜を突き破るかのような動きに身悶え、肩越しに振り返って、「もっと」と掠れた声でせがんだ。


「こんなのじゃいやだ、虎徹さんが欲しい、もっと……もっとしてくれなきゃ……」
「してくれなきゃ、なんだよ。俺がしなかったら、他の男とするか? おまえにその気はなくても、男を簡単に部屋に誘ったらこういうことになるかもしれねえって、どうして考えないんだ」
 わずかに怒りを含んだ声に、――そうか、と沸騰する意識の中でやっと気づいた。
 オフィスのシャワーブースで誘ったことを、虎徹は苦々しく思っていたのだとわかり、唖然としてしまうのと同時に、奇妙に胸が甘く引き絞られる。


 虎徹はあからさまに嫉妬していたのだ。
「あなただから誘ったんです、どうしてそれぐらいわかってくれないんですか、もう何度もこういうことをしている仲なのに……こんなこと他の誰ともできない、虎徹さんとしかしない――そういう虎徹さんはどうなんですか、僕じゃなくても、誰かにせがまれたらこういうこと……」
「おまえ以外に欲情するわけねえだろ。見せろ、全部。他の男には見せない顔を全部俺に晒せ」
「ん、……っぁ、深い、……っ……」
 牙を剥いた獣同然に虎徹が正面から容赦なく貫いてきて、あまりの愉悦に背中がずり上がる。悦すぎて、くちびるを閉じていることもできない。切羽詰まった顔の虎徹が激しくくちびるをむさぼってくることで、自分がどれだけ淫らな顔で求めているか、わかるようでわからない。
 はめっぱなしにしていたことで蕩けきった肉襞を思う存分摩擦され、ぶるっと勃ち上がる性器から滴が溢れ出す。
 痴態を手で隠そうとすると虎徹に阻まれ、「挿れられたまま、いけよ」とぐしゅぐしゅ出し挿れされながら囁かれた。


「俺が挿ったまま射精するバニーが見たい。まだ溜めてんだろ。さっき飲んだの、濃かった。今度は俺を見ながら出せよ」
「く……っ、ん――あ、そんな、突いたら……っ、壊れる……っ……」
「んな簡単に壊れねえよ……万が一壊れても俺が最後まで愛してやる」
 その声が引き金になった。煮詰められた蜜が溢れ出す予兆に、バーナビーは感じすぎて目尻を赤くしながら足の爪先をぎゅっと丸める。
「ははっ、すげえ、縁んところが真っ赤にめくれ上がって俺に吸い付いてる。綺麗な顔してるくせに、おまえのここは欲しがりだよな」
「あ、あ……っ、いい、いく、……いく……っ」
 根本から指で扱き上げられながら突きまくられる快感に身をよじり、虎徹の腰に両足をきつく絡みつけ、火照った身体を弓なりに反らした。


 虎徹の手に握られたままのそこからびゅくっと白濁が飛び散るのとほぼ同時に、激しい腰遣いをしていた男が呻き、たっぷりとしたほとばしりを放ってきた。
「……は……っぁ……ぁ……」
 身体の中で熱が弾け、受け止めきれないほどの精液でぐっしょりと濡らされる恥辱と快感は隣り合わせで、息は上がったままだ。
 ――壊れても俺が最後まで愛してやる。
 さらりと言われた言葉を、バーナビーは何度も胸の裡で繰り返していた。
 他の誰が言っても嘘にしか聞こえないだろうが、愚直にしか生きられない虎徹の言うことだから胸に響くのだ。
「……なんなんですか、もう、あなたは……年上のひとのやることとは到底思えない……」
「まだひくつかせてる奴が言うことかよ」


 繋がったままの虎徹がようやく笑いかけてきて、重たい熱を孕ませたバーナビーの最奥の柔らかさを確かめるように腰を揺らめかす。
 すぐにまた、快感の波に飲まれるとわかっていながらも、バーナビーは眉を吊り上げ、思いきり背中に爪を立てて引っかいてやった。
「ってぇ……!」
「あなただって、僕以外の誰にも見せられない身体になればいい。お互いさまですよね?」
 荒い息の下、なんとか意識を保って不敵に笑いかけると、虎徹が「だな」と楽しげに頷く。
「んじゃ、もっと引っかいてもらって痕が残るぐらい、もうちょい頑張るか」
「な、……まだする気ですか?」
「もちろんだ。バニーちゃん、俺は売られた喧嘩は買う主義だぜ? とっくに知ってんだろ」
「売ってません、そもそもあなたが……!」
 あがいても、深く繋がった状態ではささやかな抵抗にしかならない。
 からかうように揺すられて、キスをして、「おまえが好きだ」と鼓膜に染み込む声を何度も聞く頃、バーナビーも再び掠れた声を上げ、虎徹の背中にきつくしがみついていた。


「……壊れたら、責任取ってくれるんですよね」
「当たり前だろ。ていうか俺のほうが壊れそうだ」
 ばかだなと笑い合いつつも甘いキスを交わし、もう一度抱き締め合った。
 欲する気持ちを形にしたら、時間も常識も忘れて溶け合いたい。好きだという気持ちを形にするために数えきれないほどのキスをしたい。
 陽が暮れる頃、テレビ取材のために、トレーニングセンターに集まった仲間が虎徹の裸の背中を見ては、『どこで誰となにをしてきたんだ』『やだもう、なにそれ!』とからかわれ、『情熱的なお相手がいるのねえ』とにやにやされて、虎徹とそろって赤面し、ますます冷やかされるとわかっていても。
 互いの背中を守るこの手は離さない。