SADISTIC Freak/No.5 ...03

 いつ来ても、クラブ・ゼルダはほのかな薔薇の香りがする。自分と同じような奴隷が日々虐げられているのに、不思議だ。
 ゼルダでは細部まで徹底したショウを見せるが、店内で客がいかがわしい行為に耽るのは禁じていた。もしも、ショウの最中に自慰に耽る者がいたとしたら、その場で店を追い出され、二度と入れなくなる。そういうルールもあってか、ゼルダの客は一様に身だしなみを整え、行儀もいい。髪を綺麗に撫でつけていながら、ぎりぎりまでお預けを食らい、飢えた目つきをしているのも客に共通していることだ。
 ――俺も、きっとそんなひとりだ。
 学校を出る前に仕込んだローターのせいで、足ががくがく震える。
 途中、電車内で出会った男子高校生と不埒な熱に耽ってしまったことを思い出すと、いまでも顔から火が出そうだ。いくら飢えていたからって、見知らぬ男といやらしいことをするなどあり得ない。誰かに見られていたら、人生が終わる。彼らがすぐに忘れてくれればいいのだが。
「高校生相手に、欲情した気分はどうだった?」
 ステージに近いソファに、鳴澤が座っていた。加納が入ってきたことがわかったのだろう。深紅のソファの縁に両腕をかけ、優雅な仕草で煙草を吸う。低く掠れた、彼独特の声を聞くといつも胸をかきむしられるようだった。恋にも近い感情を彼に抱いているのだが、彼には言えるわけがない。プレイヤーと奴隷という立場を壊したくない。
 ただ、煙草を吸って煙を吐くだけなのに、鳴澤には硬質な色気があった。くちびるを少しだけ尖らせて白い煙を吐き出すとき、切れ長の目を眇めるのも彼を蠱惑的に見せる。
「遅くなってすみません。待ちましたか」
「少しな。でも、おかげでいいものが聞けた。あんた、掛け値なしの淫乱なんだな。電話越しにもよく聞こえた。高校生に向かって欲しいだの美味しいだの、よく言う」
「それは――……」
 言いかけたが、人差し指と中指に煙草を挟んだ鳴澤が軽く手を振って遮ってくる。機嫌が悪いのかいいのか、なかなか見分けが付かないが、たぶん怒っているわけではないのだろう。
「座れ」
「……は、い」
 物憂げに微笑む鳴澤の言いつけに従って、床に跪いた。奴隷なのだから、こうするのが正しい。すると鳴澤が足を伸ばしてきて、靴を履いたままで加納の下肢に軽く触れてきた。
「……んッ……」
「なんだ、もう声を出すのか?」
 焦げ茶の革靴は顔が映るほど磨き上げられている。今日の鳴澤はクリームホワイトのボタンダウンシャツに細身のスラックスという格好だ。シャツは第二ボタンまで開けていて、鎖骨がぎりぎり見える。艶めかしい感じのする年下の男を見上げ、加納は苦痛と快感の狭間で揺れながら呻いた。いつも凛とした服装をしている鳴澤をこの角度から見上げるのがたまらなく好きだ。美しい男のすべてが視界に入る。
「ま、今日は俺以外のところでも散々感じさせられてるんだから、無理もないか」
 靴の爪先がつうっとジッパーの上を辿っていく。スラックスの下で隆起したペニスが解放を待ちわびてさらに昂ぶってしまう。
「あぁ……な、るさわ様……」
 決定的な快感を与えてくれない男の靴を両手で掴み、みずから下肢に押しつけた。
 もっと、もっときつくねじってほしい。踏みつけて痛くしてもいいから擦ってほしい。
「踏まれるのが好きか」
「いえ、……いいえ、でも、……もう、……」
 汗を額に滲ませる加納に、鳴澤が上体をかがめて、耳元で「俺の膝に乗れ」と囁いてきた。
「え……あ、あの、……っうわ、っ! 鳴澤――様……?」
 腕を引っ張られるなり、彼の膝に乗せられてしまった。鳴澤が背後から抱き締めるような格好で、骨っぽい両手を加納の胸にあてがってきた。
「んッ……!」
「おまえは乳首を弄られただけで達するような淫乱だったな。学校で澄ました顔をして生徒にいろんなことを教えているくせに、ほんとうの姿は雌犬以下だ」
 鳴澤は隠し持っていた飛び出しナイフの留め具をぱちんと外し、輝く刃を加納に見せつける。それから、その刃を加納の胸に突きつけてきて、シャツのボタンをゆっくりと弾けさせていった。
「気にするな。シャツはまた買ってやる。……ああもう肌が熱い。こんな調子じゃ、すぐに射精しそうだな」
「う……」
 忍び笑いを漏らす鳴澤は加納のシャツの前をはだけると、両手を使って乳首を摘んでくる。「見ろ」と言われ、加納はうつむいた。
 美しい男の指が薄暗い店内でもそれとわかるほどに朱に染まっている乳首を器用に摘み、こりこりと揉み込んでくる。
 どういうやり方をされても感じてしまうが、指と指の間できつく揉み潰すようにされるのが加納はいちばん好きだった。
 だけど、鳴澤はなぜかそれをしてくれない。
 焦らすように軽く摘んでくれるものの、引っ張ったり、押し上げたりするだけで、思わず達してしまうような愛撫をしてくれない。
「なんでもっと激しくしてくれないのかと思ってるんだろう。当たり前だろ、俺はおまえの主人だ。奴隷の好みをいちいち覚えていられるか」
「そ、んな……っ……」
 もっとして、と請うように、加納は無意識のうちに胸をせり出していた。そうすれば、鳴澤の指が強く食い込んでくる。
「鳴澤、様……」
 肩越しに振り返ると、思わぬものが目に入った。
 仏頂面の鳴澤だ。
 不機嫌であるのは間違いないが、どこかしら拗ねた感情も読み取れる。彼を怒らせるつもりはないから、「鳴澤様」と掠れた声で呼びかけた。
「なにか、……俺はいけないことをしたんでしょうか。あなたのお気に障ることを……?」
「……べつに」
 鳴澤はむっと押し黙り、加納の乳首の根元にきつく爪を立ててきた。
「つ……っ……!」
「……どこもかしこも蜂蜜みたいにとろとろだ。こんな身体をしてたら、高校生につけ込まれても仕方がないだろう。なんでもっと用心しない?」
「だって、それは、……鳴澤様が、ローターを仕込めとおっしゃったから、俺は……」
「言うことを聞いた、と?」
「そうです。鳴澤様のご命令だから、――俺は従いました」
「俺の命令ならばなんでもやるのか。たとえばあの高校生とセックスしろと言ったらおまえは簡単に足を開くのか」
 言葉に詰まった。男性とのセックスは経験がない。こうして身体を明け渡すことはしても、アナルセックスに至ったことは一度もない。だから、想像できない。ほんとうは鳴澤にしてほしいのだが、彼はアナルセックスはしないと言っていた。
 きっと、直接的な行為が嫌いなのだろう。こうして触ってくれるだけでも満足しなければ。
「……それが、鳴澤様の、ご命令ならば……」
 苦しい息を吐き出しつつ呟くと、いきなり胸の尖りを揉み潰された。
 強く強く。
 好きなやり方を超えた愛撫に加納は背中をのけぞらせた。食い込んでくる鳴澤の指がどうしようもなく気持ちいい。
 啜り泣き、鳴澤の頑丈な腕の中で身体を跳ねさせた。
「あ、っ、んぁっ……あっ、あぁ、い、く、いきそう、……っ」
「スラックスを穿いたままいくか?」
「ん、――ンン、ぁ……っ……!」
 スラックスと下着を身につけたまま、加納は鳴澤の指に翻弄されて達した。胸への愛撫だけでいくのはなかなか難しいのだが、今日はさまざまなことがあった一日だけに、身体が敏感に反応してしまった。びゅくっ、とスラックスの下でペニスが跳ね、どろりとした滴が下着を濡らしていく。
「たまんないな……べとべとだ。匂いも濃い」
 くくっと笑う鳴澤が身体を擦り寄せてきて、「このまま帰ればいい」と言う。
 鳴澤にとって今日のお遊びは終わりなのだと知って、寂しくなる。まだ、快感の余韻が身体中に残っているのに。まだ、顔を合わせてそう時間も経っていないのに。まだ、何度だって達したいのに。
 衣服を汚された状態でどうやって家まで帰ればいいのか見当も付かないが、とにかく「はい」と頷いてふらつく身体を起こした。ぐずぐずして鳴澤の不興を買うのは避けたい。
 どこかで身繕いしなければ。タクシーは使えない。電車に乗る前に服をどこかで一式買ってトイレで着替えればいい。
「すみません。みっともない真似をさらして……帰ります」
「待てよ、どこ行くつもりだ」
 腕を捕らえられて振り向いたとき、鳴澤の瞳が異様に輝いていることに気づいた。
「鳴澤様が、帰ればいいと……」
 その深い輝き、その強さに息を呑み、足元がよろめいてしまう。とっさに鳴澤が支えてくれて、顎をつまみ上げてきた。
「まだローターを抜いてないだろう? 俺の家に連れて帰る。なにをされるか、その頭で存分に妄想しておけよ」
 こつんと額を小突かれたのが嘘みたいだ。どういう風の吹き回しなのだろう。冷たく突き放されるかと思ったのに。
 なにをされるのか。
 いやらしくて、ひどいことをたくさんしてほしい――そう願わずにはいられなかった。