ZELDA Freak/No.5 ...03

 思いがけない展開で達してしまい、しゃくり上げる加納の身体を成澤が拭ってくれるあいだ、チカたちは楽しげに笑いながら帰っていった。
 ふたりきりの空間は静寂に満たされ、奇妙な安堵感が少しずつ広がっていくようだ。
「落ち着いた?」
 髪をやさしく撫でられ、加納は震えるような吐息をつき、ようやく「……うん」と頷く。
「水、飲んで」
「……ありがとう」
 グラスに満たした水を渡され、ひと息に飲み干すと、痺れていた理性もようやくまともに動き出していく。
「……あんなの、初めてだった……」
「そうだろうね。俺も、あそこまで感じまくる男は初めて見たよ」
 ボーイに持ってこさせたタオルで、精液で汚れた手を拭う成澤の苦笑に、本気で顔が赤くなった。
 プラスティックフロアに成澤はじかに座り、椅子に腰掛けたままの加納を見上げてくる。
「気持ちよかった?」
「……うん……」
 嘘はつけなかった。
 やさしくされたい、誰かに苛められたいという仄暗い欲望を抱き、ゼルダに通い続けた先でまさかこんな目に遭うとは思っていなかったが、成澤との行為でなんとなくわかったことがする。
「もしかしたら……俺は、……ひどいことをされたあとに、やさしくされるほうが好きなのかも、しれない……」
「そういうものだよ、調教っていうのは。飴と鞭を使い分けるのが俺たちの仕事だからね。あなたみたいな淫乱の本性を暴いて、どこまで精度を高められるか。あれでも結構頭を使うんだよ」
 さっきとはまったく違う成澤の丁寧な言葉遣いに、荒れていた胸もだんだんと落ち着いてくる。
 近くで見れば見るほど、成澤というのは独特の硬質な美貌を持った男だ。口を閉ざしていれば内面の凶暴さはまったく表に出てこないが、ひとたび自分のような乱れたものを胸に秘めた男を前にすると、どうにも押さえきれずに力をふるいたくなるのだろう。
「もしかして、フェラチオも初めてだった? 慣れてなかったよな」
「……初めてだった。うまくなかっただろう、……ごめん」
「謝ることじゃないよ。そのへんは俺が今後、ちゃんと躾けていくから。――それで、どうする? いまのところ、あなたはまだ奴隷候補の五番でしかない。これから先、本格的に俺の奴隷になる?」
 傲慢な物言いは、きっと生まれつきだろう。裕福な暮らしをしているのかもしれない。貧しさとはまったく無縁にあるような男を食い入るように見つめる加納は、またもあのじわっとした熱い疼きを頭の底のほうに感じていた。
 ――この男には、身体だけじゃない。意識まで征服されてしまう。ここで、「はい」と頷いたら最後だ。俺は加納恭平じゃなくなって、「五番」と呼ばれるだけの存在になってしまう。でも――でも、そう呼ばれているあいだは、またあんなことをしてもらえる。もっと先のこともしてもらえるかもしれない、もっともっとひどいことを、たくさん。
 教職にありながら、浅ましい愉しみを続けていけるのかどうか、わからない。わからないけれど、ひとつだけはっきりしているのは、成澤という若い男に惹かれ始めているということだ。
「……なります」
「そう、よかった」
 成澤はくちびるの端をゆるくつりあげ、加納の手をゆっくりと掴む。
 手の甲に軽くくちづけるという、なんともこの場にふさわしくない行為に目を見開き、「成澤、くん……」と言いかけたときだった。くちびるを指でふさがれ、「違うだろう?」と危ういほどの黒い煌めきを持つ目が近づく。
「俺は今日から、あなたの主人だよ。あなたは五番、俺の奴隷。奴隷が主人を呼ぶのにふさわしい言い方は?」
「……成澤様」
「そう、今後はかならずそれを守るように。それからもうひとつ約束しておこう。俺はあなたを犯さない。キスもしない。辱めるだけだ」
「……え……」
 そのときの自分は、少しだけ呆けた顔をしていたかもしれない。期待していたごちそうがすっと目の前から奪われてしまったような気分で、ただただ成澤を見つめ続けた。
「いまの言葉の意味がわからない?」
 成澤が深く微笑み、加納の歪んだシャツやネクタイを直し、立ち上がらせてくれた。
「俺はね、もともと直接的な行為を望むほうじゃない。フェラチオさせてザーメンを飲ませるぐらいのことはしてやるけど、アナルセックスはしない。キスもしない」
「ど、……どうして……」
「どうして俺が奴隷なんかに本気で欲情すると思うわけ?」
 声を立てずに笑う男を、信じられない思いで見つめた。それこそ穴があくほどに。


「でも……でもさっき、成澤、……様はちゃんと感じてくれていて……」
「快感っていうのは制御できるものなんだよ。俺はチカさんの言うとおり、かぎりなく動物に近い人間だけど、奴隷の――おまえのここに俺のものを挿れて射精してる暇なんかねえんだよ」
「っ……ぅっ!」
 唐突に尻を掴まれて、痛いぐらいにぎっちりと指が食い込んでくる。
「放せ……! いたい、放して――くれ……!」
「なに言ってんだよ。いますぐにでもここを犯してほしいって思ってんだろ。さっきの俺のアレの硬さも太さも、覚えてるだろ? あれがあんたの奥まで挿ったら……どうなると思う?」
 スラックスの上から這い回る指は淫猥で、むずむずするような疼きを呼び起こす。そのうえ、いったんは締めたベルトをゆるめて手を入れてきて、まだ湿り気を帯びている窄まりの周囲をすうっと撫でていく。
 瞬時に人格が入れ替わるような男を前にして、せっかく穏やかになっていた息が再び荒くなってしまう。
 熱くてたまらない耳たぶをかりっと咬みながら、指の第一関節までずくずくと軽く抜き挿ししてくる男は、これまでに出会った人物のなかでもっとも最悪で、もっとも危険だと気づいたところでもう遅い。
「……男を知らないだけあって、締まりも抜群だ。そのうち、ディルドーを咥え込ませてやるよ。大勢の客の前で、おまえがどうしようもない淫乱だってことを証明してやる」
「ん――ぁ、あ……っいやだ……やめ……っ……!」
「ローションで濡らしてもねえのにぐちょぐちょになってる男が言えたせりふかよ。俺、あんたより一回りも年下なんだぜ? そういう男にここまでされて感じるのかよ、淫乱」
 片方の手で窄まりを弄られ、片方の手で前髪をきつく掴まれてのけぞらされた。しなやかで強靱な肉体を押しつけられる加納は必死に抗ったが、成澤の腕をほどくことはどうしてもできなかった。鍛え方が違うのか、年の差か。それとも生まれ持った性質の違いから来る、力の差なのだろうか。
 硬く盛り上がる彼のそこを下肢にきつく擦りつけられて、またもどろどろした愛欲に身悶えてしまいそうだ。
 こんなひどいことをするぐらいなら、最初から触れないでほしかった。キスもしてもらえない、挿入もしてもらえず、ただひたすら辱められるのが奴隷の役目だと最初から知っていたら、どうしていただろう。
 ――どうしていたんだろう? やさしくされたかったけど、俺はずっと誰かに苛められたかったんじゃないか。それが、こんな形で叶えられている。この若い男のものを口で味わったのに、挿れてもらえないと知ってどうしてこんなにショックを受けるんだ?
「おまえなんかに挿れるぐらいなら、自分でやったほうがずっと気持ちいいんだよ。わかるか? 俺はそこまで快感に飢えてない」
 加納の葛藤を見抜き、成澤は次々に酷な言葉を吐く。笑いながら。
 弄り続けて、ふっくらと腫れていく窄まりを広げ、いますぐにも成澤自身を受け入れることができそうなまでにやわらかくさせても、耳元で囁く言葉はそれをまるきり裏切るようなものだ。
 いまだ濃密な精液の匂いが漂うなか、このままこうしていたら、あらぬことを口走ってしまいそうだ。
 ――犯してほしい。こうしているだけでも、疼いてしょうがない奥までいっぱい、挿れてほしい。
 あふれそうな涙をすんでで堪え、苦しい息のもと、成澤と視線を絡めたとき、彼の中になにを見て取ったのだろう。
 嘲笑か、怠惰か、それとも期待か。
 最後の感情に懸けてみたい。誰にも理解されない感情や感覚を求めて、ここまで来たのだ。
 ――いっそ、奈落までいってやる。
 擦れ合う胸から胸へと、揺らめく炎が乗り移ったのかもしれない。成澤が厳しい目元をふとゆるめて、低く甘い声で囁いてきた。
「……俺を本気にさせたら、いつか挿れてやるよ。それまでは、とにかく飽きさせるな。途中で下りることも許さない」
「成澤……様……」
「どこででも恥ずかしいことをしてやる。とりあえず、次にどうするか教えてやるよ。明日の夕方、学校での仕事が終わったら渋谷の駅に来い。電車の中で、おまえのオナニーを見てやる。最初から下着は穿いてくるな」
「そ……そんなこと、……でき……な……」
 突如、現実的な命令を突きつけられてがくがくと首を横に振る加納に、成澤は「するんだよ」と短く言い切り、キスできるほどの距離で笑いかけてくる。
「俺が言ったことはかならずやるんだ。……おまえの考えることはわかってるんだよ。いまから期待してるんだろう? 混雑してる電車の中で、俺が見ている前で、染みのできたスラックスのジッパーを下ろす場面がおまえにも想像できるだろう? 大勢の人間がいる中でチンポを弄っていやらしい汁を垂れまくりにしてみな。こんなふうに俺の顔を見ながら――そうだ、絶対に視線を外すなよ。俺だけを見ていればいい。でも、おまえのそこをほかの誰かが見てるかもしれないよな。ぐちゅぐちゅ音を立てて扱いて俺に聞かせろ。俺の犬になると誓ったよな? それがうまくできたら、今度は乳首を開発してやる。そこらの雌犬よりもっと感度のいい乳首にして、先っちょがシャツに擦れただけでよがりまくるようにしてやる。そう、それと俺、縛りも得意だから。おまえのここをぎちぎちに縛って射精をコントロールしてやるよ」
「あ、あっ……成澤……様……!」
 淡々としながらも、底に暴力的な熱をこめた声にそれ以上抗えず、狂おしいほどの快感が身体中にほとばしる。
 スラックスの中で、ぎりぎりまで勃ちきっていたペニスの先端からじゅくっと熱いしずくがあふれ出した。
「またイッたのか。少しは我慢しろよ」
「ッ……すみませ、ん……」
 呆れた笑い声がこころを突き刺す。嗚咽を噛み殺すのが、いま加納にできることの精一杯だった。
 ――成澤の言葉だけで達する身体になってしまう。この先、もっと先を知ってしまったら、彼自身に抱かれたとき、気が狂うかもしれない。
 だから、なんだというのだろう? それが知りたくて、選ばれた人間のみがたどり着ける階段を下りて、ここまで来たのだ。
 常識の世界に少しの未練を感じながらも別れを告げて、下りてきた。
 鋭い熱がすべてを制する深い場所へと。
 奴隷になることを求めて、主人となる一回りも下の男の言うことを聞くと誓い、これから先、はしたない媚態をひとつひとつ、身につけていくのだろう。いつか、みずから腰を揺らして、成澤を求める日が来るのだろう。
 ――だったら、いまは泣くときじゃない。
 ひくっと鳴る喉をなんとかなだめて、残り少ない理性をかき集めた加納は成澤をまっすぐ見つめた。
 誰がなにを言おうと、ここから先はすべて自分が選んでいく世界だ。その決意を成澤も読み取ったのだろう。加納の頬を掴んで、不敵な笑みを浮かべた。
「いい目をしてる」
「成澤様……」
 微笑む男の声に偽りない嬉しさを聞き、自然と加納は床にひざまづいていた。
「……あなたの言うことに、従います。俺に、恥ずかしいことをたくさんしてください……」
「ああ」
 傲然と頷く若い男の靴の爪先に、涙を薄く滲ませながらキスしたら。
 支配と隷属が互いをめぐり、縛り合う、終わりのない勝負がここから始まるのだ。